2020年6月24日水曜日

「五色の虹」を読んで

三浦英之著 2015年 集英社
 本書は、満州建国大学と、敗戦後のその卒業生たちの軌跡を追ったもので、大変考えさせる内容でした。
 1932年に建国された満州国は、どこから見ても日本帝国の傀儡国家であり、国家財政は麻薬の販売に依存しているような国家でした。以前に「キメラ 満州国の肖像」(山室信一)という本を読ました。キメラとはギリシア神話に登場する複数の動物の融合体で、本書はキメラたる満州国が形成され消滅していく様を描いた名著です。満州国では、一人一人は善意で努力しているのに、結果はグロテスクな怪獣が形成されていくことになります。
満州建国大学とは、1938年に南洲国の首都新京(長春)に建国された大学で、五族協和(日本族・満州(中国)属・朝鮮族・モンゴル族・ロシア族)を唱え、理想の満州国建国のためのエリートを要請する高等教育機関として建設されました。この大学は誰が見ても、日本の満州国支配を正統化するための一手段でしかなく、今日でもそう考えられています。ところがこの大学では、建国の理想が実現されていたのです。5族が寝起きをともにし、互いの言葉を学び、毎日自由な議論が行われていました。何とこの大学では、言論の自由が保障されており、日本帝国主義を批判することも、マルクス主義を学ぶことも自由だったのです。
この大学は、外の世界とは別世界でした。大学を一歩出れば、満州人に対する軽蔑と弾圧が公然と行われていました。しかしこの大学の中では、まるで試験管の中で理想が純粋培養されているかのように自由でした。おそらく、軍が大学教育に関心がなく、優秀な若い教師が多数送り込まれたことによるものと思われ、この大学もいずれはキメラのごとき怪物に変身したことは間違いないと思いますが、その前に大学そのものが消滅してしまいました。
本書は、一人のジャーナリストがこの大学の卒業生のその後の軌跡を追って書かれました。この大学に関わった人々は、中国では売国奴とみなされ、日本では帝国主義の手先とみなされたため、多くが大学について語らず、辛い戦後を暮らすことになります。筆者が大学に在籍した人々を追う旅を始めた時、彼らはもはや相当高齢でしたが、多くの人々は建国大学に在籍していたことを、密かに大きな誇りと考えているようです。筆者は、中国、モンゴル、台湾、カザフスタン、韓国を旅して、在籍者の心の内を探っていきます。

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