グッドシェパード
2006年のアメリカ映画で、CIA(中央情報局)の幹部職員の半生を描いています。諜報員としての一生とは、どんなものなのでしょうか。タイトルの「グッドシェパード」とは聖書に由来する言葉で、イエス・キリストの「私は良き羊飼いである。良き羊飼いは羊のために命を捨てる」という言葉の「良き羊飼い」というのが「グッドシェパード」で、国家に忠誠を尽くす「忠犬」といったような意味かと思います。
CIAは、第二次世界大戦中の1942年に設立された戦略事務局(OSS)などをもとに、1947年に設立されました。その主要な任務は諜報活動で、冷戦時代にはソ連との間で諜報戦を展開しました。同時に、CIAはアメリカの利益に反する政府や人物に対して、さまざまな謀略・謀略活動を行ってきました。ここでは個別的にはあげませんが、映画では中南米の農民運動に打撃を与えるため、飛行機で大量のイナゴをまき散らす場面が映し出されていました。また、日本に関して言えば、保守合同や社会党の分裂に関わっており、このことはすでに資料が公開されているため、明白な事実です。そしてこの映画で直接関係するのは、1961年のピックス湾上陸作戦です。
1959年にカストロらによりキューバ革命が起きると、CIAは亡命キューバ人に軍事訓練を行い、1961年4月15日に、国籍を隠したアメリカ空軍がキューバ軍基地を空襲して爆撃機を破壊、続いて反革命軍が17日にピッグス湾への上陸を開始しました。この計画自体はアイゼンハウアー大統領の時から進められていたもので、ケネディが大統領に就任したのは1月20日でした。作戦は大失敗に終わりますが、この映画では敗因として作戦が敵側に漏れていたということになっています。そしてこの作戦の最高指導者が、この映画の主人公であるエドワード・ウィルソンですが、彼自身は架空の人物で、彼を通してCIA職員の生き方が描かれます。
まずエドワードは、名門イェール大学の学生時代から始まり、まもなく第二次世界大戦が始まります。そうした中で、彼は上院議員の娘と結婚し、彼女はすでに妊娠していましたが、その一週間後に彼はOSSにリクルートされてロンドンに行き、以後6年間帰ってきませんでした。彼は、アメリカには諜報活動の経験がほとんどなかったため、世界一の諜報活動を誇るイギリスのノウハウを学んできました。そして1947年にCIAの設立に際して大きな役割を果たします。アメリカに帰ったとはいえ、彼は多忙であり、また仕事の内容を家族に話すことはできず、子供と遊ぶこともできない毎日でした。
そうした中でピックス湾事件の失敗は彼にとって大きな打撃であり、情報がどこから漏れたかを探索していました。そして犯人は息子でした。息子はたまたま父が作戦について話しているのを聞き、知らずにソ連のスパイの女性と寝ている時に秘密を漏らしてしまったのです。息子は彼女を心から愛しており、結婚を望んでいましたが、父は彼女を密かに殺してしまいます。エドワードは自分が心底いやになりましたが、それでも再びCIAの仕事に戻って行きます。まさに彼は「グッドシェパード」でした。
CIAが戦後世界中で行ってきた謀略活動は、広く知られていることで、その非道な行いは眉をひそめるようなものです。ただ、こうした諜報・謀略活動は、孫子の昔からに行われており、またソ連も同様のことを行っており、決してCIAの専売特許というわけではありません。ただ、こうした組織はしばしば独り歩きすることがあり、自らの力を過信して国家の意志から逸脱してしまうことがあります。あるCIAの幹部が、CIAにtheをつけないのは、GODにtheをつけないのと同じだと言いました。つまりCIAは絶対的な存在だということだと思います。こういった諜報組織には、やがて自己増殖し、独り歩きする危険性が常にあるのです。我々は、こうした謀略活動を必要としなくなる時代が来ることを望むのみです。
ところで、この映画の冒頭に出てくるのですが、イェール大学には、スカル・アンド・ボーンズ(頭蓋骨と骨)という秘密結社があり、映画では髑髏を使った不気味な入団式が行われます。これは国家主義的で人種主義的な組織ですが、何よりも経済力と政治力をもって大きな影響力をもつことを目指す組織のようです。メンバーは、「とにかく権力の座に駆け上り、成功したら仲間をやはり名誉あるポストに就けるという」ことを目的とするそうです。そして政財界にできるだけ多くの人を送り込み、影響力を行使するのだそうです。この結社からは何人もの大統領が出ていますし、最近ではブッシュ大統領もこのメンバーの一員でした。そして初代CIA長官も、このメンバーの一員でした。
こうした結社はどこにでもあり、一般的には相互扶助的な役割を果たしますが、あまりにも強力になると、人や国に対する義務よりも、結社に対する忠誠心が優先されるようになります。CIAは、設立当初からスカル・アンド・ボーンズの影響力が強く、しばしば国家の意志を離れて行動することがあるようです。
大統領の陰謀
1976年制作のアメリカ映画で、アメリカ史上最大の政治スキャンダルの一つであるウォーターゲート事件を、ワシントン・ポスト紙の二人の記者が暴くという、実話に基づいた映画です。
ウォーターゲート事件とは、1972年にワシントンDCのウォーターゲート・ビルにある民主党本部に、5人の男が忍び込み、盗聴器を仕掛けている時に警察に逮捕されたという事件です。最初はただのコソ泥事件としてほとんど注目されませんでしたが、ワシントン・ポスト紙の若い記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが執拗に事件を追い、やがて5人がニクソン大統領再選委員会と関係があり、政権中枢とも関係していることをつきとめます。
実はかなり早い段階から、ウッドワードは政府機関の高官から捜査のアドバイスを受けていました。この高官は、自分が死ぬまで名前を明かさないように求めたため、仮名としてディープ・スロートと呼ばれるようになります。ディープ・スロートとは、当時評判になっていたポルノ映画の題名で、大した意味はありません。彼は、立場上守秘義務があるため、具体的な情報を漏らしませんでしたが、捜査の方向性を示唆し、事件の真相を暴く手助けをしました。事件発生から33年後に、当時のFBIの副長官が自分がディープ・スロートであったことを告白しましたが、すでにこの時認知症が進行しており、あまり記憶が残っていませんでした。彼が、ディープ・スロートとなった理由は、ニクソン政権の行動があまりに法を無視したものだったからだとされています。FBIは事件に関して相当の事実を把握していましたが、政権によって捜査を抑えられてしまっていたのです。なお、「ディープ・スロート」は、現在でも「内部告発者」という慣用句として使われています。
ニクソンは、大統領再選が確実だったにもかかわらず、なぜ民主党に対する選挙妨害工作を行ったのかはよくわかりません。そのこともあって、ワシントン・ポスト以外のマスコミは、この事件にあまり関心を示さず、国民もこれをただのコソ泥事件だと思っていました。この間に、ニクソンは中国との関係改善、ヴェトナム戦争の終結、ソ連との軍縮など、華々しい成果を上げていました。ニクソン政権がこうした事件を起こした理由は、謀略と力で敵を叩きのめすという政権そのものの体質によるものとしか言いようがありません。また、かつてニクソンはアイゼンハウアー大統領の後継者としてケネディと選挙戦を争い、ニクソン勝利間違いなしと言われていたにもかかわらず、ケネディに僅差で敗れました。ニクソンには、その苦い思い出があったのかもしれません。
二人の記者の取材は難航を極めました。司法省・FBI・CIAが政権に抱き込まれ、付け入る隙がなく、さらに二人は命の危険さえ感じるようになっていました。しかし二人は丹念に事実を解明し、やがて大統領執務室での会話がすべて録音されていることが判明し、録音テープが提出されるに至ります。その結果、1974年の大統領弾劾裁判が開始され、同年ニクソンは大統領を辞任します。ニクソンは、「死亡」以外の理由で任期途中で辞職した唯一の大統領です。
マスコミにはさまざまな功罪があると思いますが、この映画は民主主義の維持と発展にとってマスコミが不可欠の存在であることを、物語っています。
チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
2007年制作のアメリカ映画で、1980年代におけるアフガニスタン問題や米ソ冷戦を題材としたコメディですが、実話に基づいているそうです。アフガニスタンについては、「映画でイスラーム世界を観る アフガン零年」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2014/06/blog-post_8.html)を参照して下さい。
主人公チャールズ・ウィルソンはテキサス州選出の下院議員で、政治にあまり関心のないプレーボーイですが、気さくで明るい性格のため、周囲の人々から愛されていました。ある時、たまたまテレビでソ連軍と戦うムジャーヒディーン(戦士)の姿を見て、彼らが貧弱な武器で戦っているのを気の毒に思い、彼らを助けてやろうと決意します。彼は、反共主義者の女性大富豪やCIAと結んで、ムジャーヒディーンたちに最新の兵器を送り、ソ連軍を苦境に陥れます。その結果1989年にソ連軍はアフガニスタンから撤退し、同年に冷戦終結宣言が行われ、1991年にはソ連邦が崩壊します。
こうして彼は、アフガニスタンを救った男、ソ連を破り冷戦を終結させた男として英雄となるわけですが、それだけで終わっていたら、ここでこの映画を紹介することはありません。大事なことは、この映画がコメディであり、明らかにチャールズ・ウィルソンの英雄的な功績を茶化しているわけです。
現実はどうだったのか。彼が支援したムジャーヒディーンの中にウサーマ・ビン・ラーディンがおり、やがて彼は反米に転じてアルカイーダを結成し、アフガニスタンに成立した反米政権ターリバンを支援し、9.11同時多発テロを起こします。そして、今もアメリカはアフガニスタンの泥沼から抜け出せないでいます。それどころか、世界中にイスラーム教系のテロ集団が拡散し、収拾がつかなくなりつつある、というのが現実です。この映画でも、最後に、「最後にしくじった」というチャールズ・ウィルソンの言葉があげられていますが、実際には彼の行動は最初から間違っていたのです。大いなる陰謀
2007年制作のアメリカ映画で、この時期にアメリカが置かれていた状況を、三つの場面を同時並行的に描くことによって、アメリカの抱える問題がどこにあるかを問いかけています。
まずワシントンで、アーヴィング上院議員がロスという女性議員に単独インタビューを受け、その際彼は彼女にアフガニスタンでの新作戦の開始という重大情報をリークします。同じころ、カリフォルニア大学で政治学のマレー教授が、優秀なのに学習意欲を失っているレッドと面談しています。そして同じころ、アフガニスタンでマレー教授の学生だったアーネストとアーリアンという二人の兵士が、アーヴィングが立てた作戦に基づいて敵地に向かっていました。
アーヴィングは、世界中でアメリカの優位性を示し、それを主導することで自らの政治的力を誇示しようとしていましたが、ロスはマスコミが政府に利用されることを嫌い、このニュースを報道しませんでした。アーネストとアーリアンはそれぞれヒスパニックとアフリカ系で、マレー教授の学生だったのですが、常に疎外感を感じており、自らアメリカが抱える問題に直接参加することを望んで、教授の反対を押し切って志願兵となりました。また、貧しい彼らにとっては、帰国後優遇されることも魅力でした。一方、裕福な家に生まれたレッドは、政治の腐敗や欺瞞性にうんざりしており、積極的に社会や国家に関わる意志がなく、結局教授との話し合いは平行線に終わります。
アフガニスタンでの新作戦は、情報の誤りと無謀な机上の作戦のため失敗に終わり、アーネストとアーリアンは戦死します。ロスは、かつてイラク戦争の時に政府に騙され、一斉に支持する報道をしたことを後悔しており、アーヴィングの情報を報道しなかったことに満足していました。それはジャーナリストとしての彼女の誇りでした。アーヴィングは、きっと作戦の失敗を人のせいにして、自分はまた新しいゲームをはじめることでしょう。そしてレッドは、テレビでアーネストとアーリアンの戦死を知った時、一瞬その目が鋭く光り、映画は終わります。
こ映画の原題は「Lions for Lambs」で、「ライオンたちが率いる羊たち」といった意味でしょうか。このタイトルは色々な解釈が可能です。有能なライオンが大人しい羊たちを率いて戦いに勝つ、という意味なら「大いなる陰謀」という日本語のタイトルはある程度当たっていますが、それはこの映画の一面しか示しておらず、かえって誤解を招くことになります。原題は、無能なライオンが羊たちを誘導して死に追いやるともとれますし、また、映画の最後に「ライオンが羊に率いられている」という字幕が出ますが、愚かなライオンが賢明な羊たちに率いられるという意味でしょうか。要するにこの映画は、この欺瞞と矛盾に満ちた困難な時代において、人々が自問することを求めているように思います。そしてそのことは、アメリカだけではなく、日本についても当てはまるのではないかと思います。
以上7回にわたって、映画を通じてアメリカの色々な側面を観てきましたが、何しろアメリカは映画大国であり、私が観た映画などその一部ともいえない程の数です。むしろ、たまたま観た映画を使って、アメリカについて考えてみただけです。