2007年にイギリスで制作された映画で、イギリスにおける労働者問題と移民問題をテーマに描く社会派作品です。
EU(ヨーロッパ連合)は、第二次世界大戦後ヨーロッパの市場統合を目指して結成され、その後東欧や南欧の国々が加盟し、今やEUは全ヨーロッパにまで拡大しました。その結果、自由市場の恩恵を受けて豊かになる国や人と貧しくなる国や人の格差が拡大し、このことが今日EUからの離脱を求める国が増えている原因であり、今やEUは存亡の危機に立たされているのです。この映画では、こうしたことを背景としつつ、直接的にはEU内での労働力の自由移動の問題を扱っています。
労働力の地理的な自由移動は、封建制から産業革命を経て国民国家の下で近代化する過程で、新興産業が必要とする労働力を全国から調達するという重要な役割を果たしていました。その意味で、EUの下での「労働力の自由移動」は、一見すると欧州の戦火の元となった国民国家を乗り越え、より大きな欧州という統一体へと至るための崇高な目的のように見えます。しかし加盟国間の格差の拡大に伴い、失業率が高く、賃金の低い国から豊かな国に大量の労働力が移動するようになります。
経済的に繁栄している国は労働力が不足しており、自国の労働者が就きたがらない低賃金の労働力を補うことができ、本国では医師や教師のなど専門職だった人々まで肉体労働やウエイターのような職業に就かざるを得ません。また、こうした外国人労働者に仕事を紹介する斡旋業者、つまり手配師が問題です。何の当てもなく仕事を求めて来た人々にとっては、やがて斡旋業者に賃金をピンハネされ、さらに公害に晒されるような仕事を与えられます。
この映画の主人公アンジーはシングルマザーで、職業紹介所で働いていたのですが、些細なことで解雇されたため、自ら非合法の斡旋業を始めます。低賃金の労働者を求める顧客から注文をとり、労働者を集め、住居を提供し、毎朝バンで彼らを現場までお切り届けます。商売は順調でしたが、ある時、労働者を送り込んでいた会社が倒産して労働者に賃金を払えなくなり、労働者に暴行を受けたこともありましたが、何とかそれを乗り切り、商売をさらに拡大しようとします。
アンジーは、頭がよく、また義侠心のある女性で、目の前で苦しんでいる人を見捨てることができず、無理をしてでも助けようとしましたが、自分の眼の届かないところにいる人々の不幸には無関心でした。そして彼女が目を付けたのは、彼女の眼からは遠くかけ離れた場所にいるEU域外の労働者です。EU域内の労働者は合法であり、したがって賃金などに条件が課されますが、域外の労働者は不法入国であり、不法就労ですから、逆に安い賃金で雇うことができます。
彼女が目をつけたのは、ウクライナでした。この映画が制作された2007年頃、ウクライナとEUとの間で加盟交渉が行われており、EU諸国とウクライナとの関係が強化されつつありました。ウクライナは貧しく、イギリスなど豊かな国で働くことを望んでいる人々がたくさんいました。アンジーはこうした人々を不法入国させ、不法就労させようとしたのです。それはもはや斡旋業ではなく、奴隷貿易です。映画の最後で、彼女の美しいにこやかな顔が、一瞬悪魔のように見えました。よかれあしかれ、「自由な世界」で生きるということは、こういうことなのです。
このようなことは、今日でもかなり一般的に行われているようです。EU域外から比較的密入国しやすい国へ入国してしまえば、域内での移動は自由ですので、豊かな国に移動して不法就労する人々が後を絶ちません。 連日のようにテレビや新聞で報道されているEU問題の本質はここにあり、その根底にはグローバリゼーションによる格差の拡大が存在します。