2015年10月31日土曜日

映画「モリエール 恋こそ喜劇」を観て


2007年にフランスで制作された映画で、17世紀にフランスで活躍した喜劇作家モリエールの青春時代を描いています。モリエールは、1622年にパリの裕福な商人の家に生まれ、1643年、23歳の時に家業を弟に譲り、劇団を創設して演劇の世界に入ります。当時役者は卑しい家業とされていましたので、当然家族は反対しましたが、モリエールにはよほど強い決意があったのでしょう。ところが、1644年には借金のために投獄されてしまいます。そして映画は、この1644年のモリエールを描いていますが、もちろんその内容は、映画における創作です。
投獄されていたモリエールを、ジョルダンという富裕な商人が保釈金を払って出してくれました。ジョルダンは、貴族に憧れ、伯爵夫人に懸想していたため、伯爵夫人の前で芝居をして彼女の気を引こうとしており、その演技指導のためにモリエールを雇ったわけです。ジョルダンには妻がいたため、モリエールは司祭タルチェフと名乗り、娘の家庭教師という名目で邸宅に入り込みます。彼は外見は司祭でしたが、中身は詐欺師でした。ジョルダンは、外見は富裕な商人でしたが、中身は貴族に憧れを持つ成金でした。ジョルダンと親しい貴族は、外見はジョルダンを伯爵夫人にとり持ちをしようとしていましたが、実はジョルダンから金を引き出すことだけを考えていました。伯爵夫人は、外見では愛想よくジョルダンに対応しますが、本音は商人風情と思っていました。ジョルダンは娘を貴族と結婚させようとしていましたが、娘は庶民の青年と密かに恋をしていました。夫人のエルミールは知性豊かな女性でしたが、夫は伯爵夫人に夢中で、エルミールを顧みませんでした。
こうした中で、タルチェフとエルミールは恋をします。エルミールには夫がおり、タルチェフ=モリエールには劇団に恋人がいましたので、この恋が本物かどうか分かりません。この間に色々な事件が起き、伯爵夫人や取持ちの貴族の偽善性が暴かれ、ジョルダンも目が覚め、娘も恋人と結婚できました。そしてタルチェフとエルミールの不倫が夫にばれ、タルチェフは館を去って劇団のもとに帰って行きます。最後の別れの時、エルミールはモリエールに喜劇を書くように勧めます。彼女は喜劇に対するモリエールの才能を見抜いていたのです。そしてこの時から、モリエールとその一座は、13年に及ぶ長い地方巡業の旅にでることになります。
モリエールは、長い間悲劇に拘り続けていました。当時は喜劇より悲劇が上と考えられていたこともありましたが、モリエール自身が悲劇でなければ、人の魂を揺さぶることができないと考えていたからです。しかし田舎の巡業では、悲劇より喜劇の方が受け入れられやすい、というのが現実でしたので、笑劇も盛んに演じていました。そして、彼も自分が悲劇に向いていないことに気づきます。そのため、彼は人の魂を揺さぶることができるような喜劇を書くことを考え始めます。
1658年に、モリエールが36歳の時にパリに帰り、国王ルイ14世の庇護を受けるという幸運に恵まれ、次々と新作を上演してパリ市民の好評を博します。そして1664年に、彼の代表作「タルチェフ」が発表されます。「タルチェフ」は人間心理を巧みに捉えるとともに、当時の聖職者の腐敗・堕落を鋭く風刺する問題作で、教会により激しい非難が繰り返されました。ルイ14世は、宮廷で教会勢力に苦しめられていたこともあって、この作品には共感していましたが、教会の圧力で公での上演を禁止せざるをえませんでした。この映画は、この「タルチェフ」に基づいて制作されています。
彼と同じ時代に、コルネイユやラシーヌといった悲劇作家が活躍しており、モリエールを含む三人は、パリで人気を競っていました。しかしモリエールは、コルネイユやラシーヌとは異なり、まず役者であり、劇団の経営者であり、金策のために駆けずり回り、スポンサーと交渉し、そして自ら台本を書きました。彼は真の演劇人であり、同時に喜劇によって社会を風刺し、人の魂を揺り動かすことに成功しました。信仰の問題、教会の偽善性、社会的な秩序など、当時の社会の根幹を形成している深刻な問題を、喜劇によって厳しく風刺します。これこそ、前に観た映画「薔薇の名前」で長老ホルヘが最も恐れたことでした(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2015/09/blog-post_19.html)
モリエールは、「タルチェフ」の他にも、「ドンジュアン」や「守銭奴」など日本でもよく知られた作品を多数残しています。そして1673年、病を押して舞台に立った後に倒れ、まもなく死亡しました。51歳でした。皮肉にも、彼が演じた最後の演目は、「病は気から」でした。
 この映画はロマンティック・コメディですので、気軽に楽しむことができます。


0 件のコメント:

コメントを投稿