久しぶりに古代ギリシア史の通史を読みました。私にとっての古代ギリシアはアテネの歴史でしたが、そんなものはもう通用しないことを、私自身がよく知っています。とはいえ、私はこれに代わる古代ギリシアの歴史像を持ち合わせていません。こうしたことを理解したうえで、著者は言います。「この短い本の最大の狙いは、古代ギリシア文明史という、複雑で多様性に富み歯ごたえのあるテーマについて、過度に単純化することも薄味にすることもなく、そこそこ平易で、高度に刺激的な入門書を提供することである。」彼にとってギリシア世界とは、黒海からイベリア半島の東海岸まで、「池の周りに群る蛙のように」沿岸部に誕生した千を超えるポリス全体のことです。
そこで著者は、多くのポリスの中から11のポリスを取り上げます。先史時代の例としてクノッソスとミュケナイを、歴史時代初期の例としてアルゴス、ミレトス、マッサリア、スパルタを、古典期の例としてアテナイ、シュラクサイ、テバイを、ヘレニズム時代の例としてアレクサンドリアを、総括としてビュザンティオンをあげています。それぞれのポリスがそれぞれ異なった発生と成長の歴史を持ち、同時に都市間の間に複雑な関係があります。このようにギリシア世界を拡大して、全体を見渡すと、従来見たこともないギリシア世界が見えてきます。できれば、もう少し多くの都市を扱ってくれると良いと思いますが、著者自身も、相当苦しみながら、11のポリスを選んだとのことです。
本書が強く主張する点がもう一つあります。それはギリシア文明を近代西欧文明の輝かしい祖先として崇拝してはならないということです。彼は、繰り返し、古代ギリシア文明が近代西欧とは決定的に異なるものであることを、常に主張します。このことについても、私は以前から理解していましたが、私の脳細胞はまだこれを克服できていません。私の西欧中心主義的な先入観は、私のDNAに今だにしっかりと組み込まれているようです。
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