アーサー王については、このブログの「映画で西欧を観て(1) キング・アーサー」で、要するにほとんど分かっていないことを述べました。ただ、6世紀前後にベイトン山の戦いというのがあり、ブリトン人がアングロ・サクソン人を破ったらしいのですが、その戦いにアーサーが居た可能性があります。この戦争は「キング・アーサー」でも扱われています。その後しばらく平穏な時代が続きますが、20年程後にアーサーの甥と思われるモルトリッドが反乱を起こし、カムランの戦いでアーサーは戦死します。ベイトン山やカムランについて、年代や場所も特定できていませんので、これらはすべて伝説の域を出ません。
この間にアーサーに忠誠を誓う円卓の騎士が生まれ、さらに理想都市キャメロットを建設したり、王妃の不倫事件が起きたりします。また聖剣エクスカリバーの伝説や聖杯伝説、ドラゴン、妖精、魔法使いなど、さまざまな要素がアーサー王の物語と結びつき、様々なバージョンの騎士道物語が生まれます。ここでは、たまたま私が観た4本のアーサー王に関わる映画を紹介しますが、その他にも数えきれない程の映画があり、欧米人はよほどアーサー王が好きなようです。アーサー王についての研究も数えきれない程あるようですが、未だに「アーサー王は居なかった」とまでは言えない、というレベルのようです。アーサー王自身が伝承の域を出ないわけですから、アーサー王にまつわる様々な物語は、伝承の上塗りということになりますが、ヨーロッパの中世世界の一端を垣間見るのには役立つでしょう。
エクスカリバー 聖剣伝説
1998年にアメリカで制作されたテレビ用のファンタジー・ドラマで、原題は「マーリン」です。日本語版のタイトルは、ゲームのタイトルを借用したのだろうと思います。
映画でエクスカリバーはそれ程重要な役割を果たしていませんが、一応エクスカリバーについて説明しておきたいと思います。エクスカリバーはアーサーが使っていた剣とされ、岩に刺さっており、これを抜くことができる者のみがブリテンの王の資格をもつとされます。こうした聖剣に関する神話は世界各地にあり、日本でもスサノウが大蛇の体から取り出した草薙剣(天叢雲剣)は、三種の神器の一つとなっています。「キング・アーサー」では神話的な話が回避されているため、アーサーが父親の墓に刺してあった父の剣を抜いて使ったことになっています。
映画のタイトルとなっているマーリンとは、イギリスの伝説的な魔術師のことで、トランプのジョーカーのモデルとなっているそうです。アーサー王の物語では、マーリンはアーサー王の助言者として脇役でしばしば登場します。「キング・アーサー」では、現地人の族長で、ア-サーの妻グネビアの父ということになっています。また、この映画でのマーリンは魔術師というより、ハンサムな好人物として描かれています。
映画は、キリスト教と伝統的宗教との対立という形で進められます。キリスト教に改宗する人々が増え、伝統的な宗教を信じる人々が減って行きます。伝統的な宗教の神々は、信じる人々がいなくなれば消えていくしかありません。こうした中で、妖精の女王メイヴは神と妖精の混血であるマーリンに魔法を教え、彼に国を治めさせようとします。しかしマーリンは魔法を嫌い、真に正義を行える人物に国を治めさせようとします。彼が目をつけたのはアーサーです。マーリンは泉の要請からもらった聖剣エクスカリバーを岩に突き刺し、王にふさわしい者がこの剣を抜けるようにします。そして成人したアーサーは剣を抜き、真の王となります。しかしアーサーを助けさせるためにマーリンが連れてきたランスロットが妃と不倫をし、さらにアーサーの不倫の子モルドレッド(あるいは弟)が反乱を起こします。そしてアーサーとモルドレッドは、戦場で刺し違えて死にます。結局、妖精の女王メイヴもマーリンも、何もなすことができず、歴史は動いていきました。そして伝統的な宗教は忘れ去られ、キリスト教が世を支配するようになります。
この映画は、従来のアーサー王物語とは異なり、魔法使いマーリンを主人公とし、マーリンの目を通して当時のイギリスの混乱を描いています。そういう意味では新鮮で、面白く観ることのできる映画でした。
円卓の騎士
1954年にアメリカで制作された映画で、典型的な中世騎士道物語=ロマンスで、アーサー王に関わるエピソードがほとんど出てきます。ただ、騎士たちの衣裳は12・13世紀頃の騎士の衣裳で、時代考証も何もありません。
円卓とは文字通り丸いテーブルであり、上座下座を設けないで、アーサーの12人の騎士たちが周りに座って議論するためのテーブルです。これが最初に設けられたのはキャメロットであるとのことで、12人の騎士が座り、彼らは円卓の騎士と言われました。物語のバージョンによっては、数百人の円卓の騎士がいたとされますが、はっきりしたことは分かりません。12人というのは、イエスの12人の弟子を暗示していると思われます。その中には、当然ランスロットが含まれていますが、このブログの「映画で西欧中世を観て2 トリスタンとイゾルデ」のトリスタンも含まれています。
円卓の騎士は中世騎士道精神の模範とされていますが、そこで示される騎士の徳目とは、武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身などです。しかし現実は全く逆で、騎士たちは領地を巡り絶え間なく争い、虐殺・掠奪・放火・裏切り・強姦など、何でもありの連中でした。むしろ騎士道なるものは、そうあってはならないという戒めのようなものでした。ただ、こうした理想型は、後のヨーロッパの社交術に影響を与えたことは間違いありません。また、婦人に対する愛の表現は、決して肉体的なものであってはならず、ほとんど神のごとく婦人を崇拝するというもので、ほとんど倒錯的なものさえ感じられます。日本の武士道は、婦人にたいする態度は別として、外見的には騎士道とよく似た側面をもっています。ただ、根本的な違いは生死観にあるように思います。騎士は死を恐れませんが、死を目的とはしません。しかし日本の武士道は、たぶんの禅の影響と思われますが、死を究極の目標としているように思われます。
もう一つ、この映画で扱われているのは、聖杯伝説です。聖杯とは、イエスが最後の晩餐で使徒たちにワインを飲ませた杯のことで、この盃を発見すると王の病が治るとか、国が安定するといった伝説です。こうした伝説は聖遺物崇拝と呼ばれ、十字軍運動の前後から大流行したもので、12~13世紀にアーサー王伝説に取り込まれたと思われます。すべての騎士が聖杯を捜しに出かけますが、映画ではパーヴェルという騎士が発見したことになっています。しかし、現実にはやがてアーサー王は死に、国も乱れるようになります。
この映画は、アーサー王に関する多くの伝説を扱っていますが、ただごちゃ混ぜにして放り込んだだけという映画で、12~13世紀に流行した騎士道物語=ロマンスそのものでした。
トゥルーナイト
1995年にアメリカで制作された映画で、原題は「ファースト・ナイト(第一の騎士)」で、何故日本語版のタイトルを「トゥルーナイト」にしたのか、よく分かりません。この映画は、事実上ランスロットを中心とした物語で、後はお定まりの内容、アーサーとモルドレッドの対立、ランスロットとグィネヴィアの恋が描かれています。
ランスロットはフランスの領主で、ブリテンに武者修行の旅に出ます。当時は、イギリスからブルターニュに渡ったり、ノルマンディーからブリテンに渡ったりすることはよくあることで、今日のようなフランス・イギリスという区別は在りませんでした。ランスロットは、武術において右に出る者がなく、アーサー王に気に入られて「第一の騎士」と呼ばれるようになります。トランプのジャックがランスロットをモデルとしているそうです。ただ、この映画では自由奔放に生きるランスロットが描かれています。
ランスロットに関しては様々なエピソードがあり、中世騎士道物語の花形ですが、アーサー王の妃グィネヴィアに道ならぬ恋をしてしまいます。この後のバージョンは様々で、この映画では二人が裁判にかけられ、死刑の判決を受けるところで、モルドレッドが攻めてきたため、一致協力して戦うということになっています。別のバージョンでは、グィネヴィアが火炙りになるところをランスロットが助け出し、フランスに帰ります。アーサー王は彼を倒すためにフランスに遠征しますが、その隙をついてモルドレッドがアーサーの城を攻撃したため、急きょアーサーは帰国し、ランスロットもアーサーを助けるためにイギリス渡ります。結局この戦いでアーサーもモルドレッドも死んでしまい、ランスロットとグィネヴィアは出家します。いずれにしても、アーサー王の物語は、アーサー王自身より周辺の人々が主役になっていく傾向があるようです。
映画では、自由奔放なランスロットと情熱的なグィネヴィアとの恋が描かれ、それなりに面白く観ることができました。
キャメロット
1967年にアメリカで制作された映画で、ミュージカルです。上に述べた「円卓の騎士」と「トゥルーナイト」と比べて、内容的には、登場人物の出自が異なるだけで、話の筋はほとんど同じです。キャメロットとは、アーサーの王国の理想の都で、その所在も実在も分かっていません。何しろ、キャメロットという名称自体が登場するのは、12・13世紀頃の騎士道物語においてですので、存在事態が疑わしいと言わざるをえません。
この映画はミュージカルなので、ドラマを盛り上げるためには何でもしますから、時代考証や歴史的意味など考える必要はないと思います。ただ、ミュージカルとして楽しめば、結構楽しめる映画です。
アーサー王に関わる映画を5本観ました。最初の「キング・アーサー」は、事実かどうかは別として、現実感のある映画であり、民族大移動期におけるイギリスが置かれた立場を理解するのに役立ちました。「トリスタンとイゾルデ」のトリスタンは、アーサー王の円卓の騎士の一人でしたが、アーサー王は全く登場しません。多分、アーサー王とは別個に生まれた話が、アーサー王に関連付けられただけだろうと思います。「エクスカリバー」は魔法使いのマーリンを主人公とする異色の映画でした。「円卓の騎士」はつまらない映画でしたが、アーサー王に関わるさまざまなエピソードが扱われており、それなりに参考になる映画でした。「トゥルーナイト」と「キャメロット」は、ランスロットとグィネヴィアの恋を描いた映画で、ただ楽しめばよいという映画でした。
いずれにしても、アーサー王の物語は、しだいにアーサー王自体は脇役に追いやられ、王の周辺の人々が主人公になっていく傾向があるようです。
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