2020年7月6日月曜日

映画「マーガレット・サッチャー」を観て




















 2011年にイギリスで制作された映画で、1979年から 1990年までイギリスの首相を務めたサッチャーの半生を描いています。サッチャーの政策は、日本などにも強い影響を与え、一時国会議員の間で、ロンドンへ行ってサッチャーと写真を撮ることが流行ったほどです。
 サッチャー登場の背景を理解するためには、第二次世界大戦後のイギリスの情勢を理解する必要があります。戦後のイギリスで福祉国家制度と基幹産業の国有化が行われますが、古い階級制度は残り、生産設備の老朽化などのため経済活力が失われました。この間に、植民地が次々と独立し、大英帝国の誇りも失われていきます。その結果、1970年代には「英国病」と呼ばれるほど経済状況が悪化し、さらに1973年に勃発したオイルショックで、イギリス経済は大打撃を受けます。この状況を改善することを期待されて登場したのが、1979年の総選挙で大勝した保守党党首マーガレット・サッチャーです。
 マーガレットは、1925年にイギリスの地方都市の食料品店の娘として生まれ、1951年に実業家のデニス・サッチャーと結婚してマーガレット・サッチャーとなり、1959年に下院議員に初当選、1979年にイギリス初の女性首相となります。サッチャー首相は「小さな政府」(=自由主義国家論)を目標とし、規制緩和や福祉制度見直しなどの大胆な改革を実施、戦後国有化された基幹産業の民営化、炭坑の閉鎖、福祉制度の圧縮に乗り出しました。彼女のこうした政策の結果、失業率が激増し、国民の不満が高まりますが、1982年に起きたフォークランド紛争での強硬姿勢により、彼女は強いイギリスの象徴として支持率を回復します。しかし任期の晩年に、サッチャーは人頭税の導入を提案して国民の支持を失い、1990年に首相を退任します。(ウイキペディアより)

 2008年にサッチャーが認知症であることが公表され、映画は記憶が曖昧になってきた彼女が、過去を回想するという形で進行します。彼女と家族との関係についての描写は興味深いものがありますが、彼女の政策についての説明は曖昧で、つまらない内容でした。彼女の政策については、当時も今も、評価が真二つに分かれており、この問題についての掘り下げがほとんどありませんでした。


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