2019年4月13日土曜日

映画「ウルフ・ホール」を観て

2015年にイギリスのBBCにより制作された、全6回のテレビ・ドラマで、日本語版は4回に編集されています。主人公は、ヘンリ8世に仕えた能吏トマス・クロムウェルで、彼はイギリスの宗教改革や行政改革に大きな役割を果たし、また、アン・ブーリンの結婚と処刑にも深く関わりました。この映画では、とくにアン・ブーリンの問題が主に扱われますが、この問題については、このブログの「三人の女性の物語 エリザベス」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2014/01/blog-post_1222.html)を参照して下さい。また、クロムウェルと 激しく対立し処刑されたトマス・モアについては、「映画で宗教改革を観て わが命つきるとも」(https://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2015/09/blog-post_26.html)を参照して下さい。
クロムウェルが登場する前にヘンリ8世をささえていたのは、大法官に任命されたウルジー枢機卿で、ウルジーの父は肉屋、クロムウェルの父は鍛冶屋で、どちらも低い身分の出身でした。絶対王政においては、君主は貴族に対抗して自らの権力を強めていきますが、その際君主は低い身分の者を側近として登用し、彼らを貴族と対立させて、両者の均衡を維持しようとします。したがってクロムウェルらは、貴族と対抗する君主の先兵であり、そのため当然クロムウェルらは貴族の憎しみをかいます。それこそが、クロムウェルとトマス・モアの対立の原因の一つであり、彼らは後世、冷酷な野心家としてのイメージを与えられることになります。先にあげた「わが命つきるとも」も、クロムウェルをこのような視点から描いています。
映画は、クロムウェルがウルジーの下で働き始めたところから始まります。ウルジーは国王に強い忠誠心を持ち、ヘンリ8世の信頼を得て、1515年から大法官としてヘンリ8世の治世を支え、この頃からクロムウェルがウルジーの下で働くようになります。ウルジーはヘンリ8世のもとで絶大な権力をもつようになりますが、やがてヘンリ8世の離婚問題で躓きます。ヘンリ8世は1509年にキャサリンと結婚し、20年近くたっても男子が生まれませんでした。テューダー朝の王権はまだ正統性が確立しておらず、女性が君主になった場合、王位継承を巡って内紛が起きる可能性があったため、ヘンリ8世はどうしても男子の継承者が欲しかったようです。
ヘンリ8世は、キャサリンの離婚とアン・ブーリンとの結婚を望みますが、カトリック教会は離婚を認めません。そこでヘンリ8世は、ウルジーにローマ教皇に離婚の許可を求めるよう、命じますが、これがなかなかうまくいきません。その結果ウルジーは失脚し、クロムウェルがヘンリ8世の信頼を勝ち取ることになります。クロムウェルは、この離婚問題を、ローマ教皇からの認可という形ではなく、イギリス教会をローマ教会からから離脱させるという方法で解決します。それは、主権国家が形成されつつある中で、普遍的・超国家的なローマ教会の否定であり、当時の時代の趨勢に適応するものでした。そしてアン王妃の離婚と処刑が行われます。その後クロムウェルは修道院の解散など一連の改革を行いますが、それは、ヘンリ8世の治世の最も重要な時期と重なります。
映画では、こうした政策実行の具体的な様子は述べられず、その過程におけるクロムウェルの日常生活、貴族やアン王妃の動向が語られます。クロムウェルは寡黙で、全体に重厚な内容の映画ですが、ときどき意味の分からない話が出てきます。一番分からなかったのは、この映画のタイトルである「ウルフ・ホール」です。ウルフ・ホールとはシーモア家の邸宅のことで、シーモア家といえば、ヘンリ8世の3番目の妻となるジェーン・シーモアがいます。
ジェーンは、キャサリンとアンの侍女を務め、決して美人ではありませんが、控えめで物静かな女性で、ヘンリに対して言い返したことがないとされます。映画では、ジェーンは数えるほどしか登場しませんが、後で考えると、ジェーンはクロムウェルをシーモア家に誘導しているように思われます。実際、後にクロムウェルの息子はジェーンの妹と結婚することになります。そしてジェーンは、ついに待望の男子を生みました。こうして見ると、すべてがジェーンとシーモア家の壮大な陰謀だったように思われます。クロムウェルはそれを承知の上でシーモア家に接近し、アンの処刑を実行したと思われます。そしてすべての出発点は、シーモア家の邸宅ウルフ・ホールにあったのではないかと思います。

なお、17世紀にピューリタン革命を指導したオリヴァー・クロムウェルは、トマス・クロムウェルの姉の玄孫だそうです。なお、オリヴァー・クロムウェルについては、このブログの「映画で17世紀のイギリスを観て クロムウェル〜英国王への挑戦〜」(https://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2015/10/17.html)を参照して下さい。

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