2020年8月10日月曜日

「図説 台湾の歴史」を読んで

周婉窈(Wanyao Zhou)著 濱島敦俊監訳 2007(2013年増補版) 平凡社
 本書が出版されるまで、台湾には「台湾の歴史」がなかったそうです。台湾は、1945年に日本が敗戦した後、再び中国領となり、1949年に蔣介石が率いる中国国民党が中国共産党との戦いに敗北すると、蒋介石は台湾を制圧して拠点をここに遷し、これを中国の正統政府としました。以後、1975年まで蔣介石の独裁政権が続き、冷戦が終結した1989年に国民党の独裁も廃止され、言論の自由が認められるようになります。この頃の事情については、「台湾映画「非情都市」を観て」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2014/01/blog-post_8669.html)を参照して下さい。
 戦後、台湾の「歴史」は、数千年の中国の王朝史と、それに続く欧米・日本の侵略と、国民党の中華民国の歴史として描かれます。アメリカ合衆国の歴史でも、古代ギリシア・ローマの時代から中世・ルネサンス・宗教改革・ピューリタン革命を経てアメリカ合衆国の歴史に入っていきます。このような歴史は、私たち日本人には違和感がありますが、アメリカの場合ヨーロッパ文明の影響が圧倒的ですので(もちろん少数民族は否定できません)、彼らの文明のルーツは古典古代にあるという意識が強いでしょう。しかし台湾には、数百年前から移住してきた中国系の人々がおり、さらにそれよりはるか昔から住んでいる先住民がいます。こうした中へ、突然大陸から蔣介石とその軍隊が台湾を征服し、彼らの歴史を捏造し、それを人々に押し付けたのです。
 ところで、通史とは何なんでしょうか。単純に言えば一国史で、それは政治的枠組みであり、民族的枠組みであり、文化的枠組みであり、地理的枠組みであり、郷土へのアイデンティティだったりします。そして従来からの「台湾の歴史」の場合、地理的枠組みや郷土へのアイデンティティが欠けています。では、一つの地域の通史を学ぶことに意味があるでしょうか。台湾の先住民は、何万年も前からここに住み、言語的にも民族的にも文化的にも中国とは無関係です。しかし、日本の縄文文化が今日の日本人と直接関係かなかったとしても、われわれの郷土の歴史の一部として愛着を持つでしょう。
 従来の台湾の歴史に欠けていたのは、この点なのではないかと思います。先住民も中国系も国民党系も、ともに共感できる台湾の歴史が必要でした。しかし1987年に戒厳令が解除されるまで、そのような歴史を書くことは困難でした。しかし戒厳令が解除されると思想的な自由がみとめられ、1997年に本書の初版が出版されました。本書は台湾で高い評価を受けて版を重ね、2007年には増補版の日本語訳が出版されました。
 私は以前から、台湾の歴史について書いたものを探していましたが、断片的な記述や日本の立場から書かれたものが多く、ようやく本書に巡り合い、目が覚める思いでした。台湾人も本書を好意的に受け止めているとのことですから、台湾もようやく「台湾の歴史」を手に入れたことになり、そして多くの人々が自らを台湾人と呼べる日も近いのではないかと思います。ただ、台湾の場合、個々の時代の研究が非常に遅れているようです。もちろん見方によっては日本の研究も遅れているのかもしれませんが、台湾の場合、政治的な事情からまっとうな研究ができなかったようで、著者自身も今後の研究に期待しています。

 日本統治下での霧社事件、台湾の日本兵、さらに戦後の2.28事件とその後など、台湾では本当に心痛む事件が続きました。こうした事件について、一層研究が進むことを期待します。

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