2018年9月28日金曜日

小説(5) ウタゲパーク(麻実)


 窓を開けたら、いつものように焦げる匂いがした。花が焼かれて、空が折れる音もした。ああ、また、今日だ。僕が覚えている限りでは、今日がブレたことは一度としてないし、明日という日は魔法でも使うみたいに舌のうえを転がせたことくらいしかない。僕はまだ明日に出会ったことがない。
 そんな僕にも楽しみができたのは赤い雨が降り止んだ甘ったるい風邪が流行り終わったある日のことだ。

 花びらのステーキとヒキガエルの目玉ソテー。そして、迷彩の沼から救いとられる水銀。これが、朝、夕、くりかえし行われる食事の一般的なプラン。もちろん、花の種類は選べるし、カエルの種類も何万とあるので飽きることはめったにない。けれど。ときどき、軋むように、強烈な衝動のように水銀を体に流し込む作業は苦痛でもあり快楽でもあり、それはどちらも選べないものの象徴のようで、僕は少しだけ、沼の味が、好きじゃない。

リビィ。それが僕の唯一の友達の名前。
 彼女はくるくるした茶色のほどよい長さの髪を指先で遊ぶのが癖なのだ。しっとりとした肌は触れたこともないのに、潤やかな血流にのって、美しく循環しているのがよく分かる。瞳の色は、赤。赤。僕がもっとも好きな色。朝、夜にとってかわって来るのはいつも赤く燃える恒星―双子座―は、枯れてゆくのに夢中で、そのきらめきが、なんだか、安心するから。

 カメドリ(カメのようにゆったりとしていながら、実にしなやかに水中を飛ぶ鳥)を釣るのが僕とリビィの最近の楽しみ。どっちが大きくて奇麗なのが釣れるか競い合うけれど、カメドリは窒素の中では生きていけないから、大きなカプセル型の水槽に入れて、飼う。カメドリはカプセルに入れるとたちまち縮小して自在に飛び回るからたまに行方しれずになってしまうこともある。餌はカプセルの中にオートで設定されてるから、さながら、テレビで野鳥を観察してるみたいだ。

 ウタゲパークの住人は背中に大きなネジがはめこまれている。大人になると背中に生えてきて、ぐるぐる廻りはじめ、ある日突然、ネジとともにその人も止まってしまう。でも、これまたある日突然、彼らは戻って来るときがある。何もなかったような顔で。
ほとんど大人なのだけれど、子供は僕が知ってるかぎり僕とリビィしかいない。

彼は音楽が好きで、ときどき、演奏会をする。でかい音譜を抱いて、色々な風を吹かせてくれる。紺色に包まれて夜を守るシェルターのように虹色で当たりを埋め尽くす。音譜の種類は様々で、僕はいつか音楽家なりたいなぁと思う。(2010319)










(麻実が描いた不思議な絵です。この絵と本文とは、関係ありません。)

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