2017年7月19日水曜日

「清朝の王女に生まれて 日中のはざまで」を読んで

愛新覚羅 顕(あいしんかくら けんき、中国名は金 黙玉)著 1986年、中央公論社
 著者は、すでに清も滅びた1918年に、清朝の王族の娘として生まれました。父は粛親王で、彼女は彼の38人いる子女の一番末の娘で、彼女の姉には、男装の麗人と呼ばれた川島芳子(愛新覺羅 顯)がいます。粛親王は、清朝滅亡後、日本の援助で帝政の復活を策していたため日本と深い関係にあり、彼女の家には多くの日本人が出入りしていました。さらに当時の王族は日本に留学したり、日本人と結婚したりする人がたくさんいました。愛新覺羅顯(けんし)も日本人と結婚して川島芳子となりました。そして琦は1934年ころ、16歳ころに日本の女子学習院に留学し、1941年に日中戦争が激しくなってきたため、帰国します。つまり彼女は青春時代の大半を日本で過ごしたわけです。
 1949年に中華人民共和国が成立すると、元王族は肩身の狭い生活を強いられます。しかし彼女は、生来楽天的で、したたかだったようで、親戚の子供を引き取り、北京で食堂を経営して暮らしていました。しかし1958年に右派勢力として密告され、15年間の獄中生活と、7年間の強制労働を課せられます。この間に、文化大革命や日中国交回復、さらに改革開放政策への転換があり、やがて彼女の名誉回復がなされます。解放後、日本の学習院時代の友人の勧めで本書を執筆しました。すべて自身で日本語で執筆しました。晩年は、中国での日本語教育に携わり、2014年に95歳で死亡しました。まさに波乱に富んだ人生でしたが、それはこの時代に生きた多くの中国の人々が経験したことだったでしょう。
 本書では、旅順で暮らした少女時代、姉の川島芳子についての思い出、楽しかった日本での生活、革命後の北京での生活、長い獄中生活などが語られます。北京での生活や獄中生活はつらい生活だったと思われますが、本書には暗さはなく、その場その場を強かに生き抜く一人の女性の姿が描かれており、単に彼女一人の生き様だけではなく、この時代に生きた人々の姿が描き出されており、大変興味深い内容でした。

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