2016年8月10日水曜日

「ヴィクトリア朝期の下層社会」を読んで

 ケロウ・チェズニー著(1970) 植松靖夫・中坪千夏子訳 高科書店(1891)
 ヴィクトリア朝とは、1837年から1901年まで在位したヴィクトリア女王の治世のことで、ヴィクトリア女王については、このブログの「映画で三人の女王を観る ヴィクトリア女王 愛の世紀」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2015/03/blog-post_7.html)を参照して下さい。この時代は、大英帝国の繁栄の時代であるとともに、ヴィクトリア風家庭道徳が普及した時代でもありましたが、その社会は極めて複雑で、全体像を捉えることが容易ではないとのことです。本書の著者はプロの歴史家ではないそうですが、多くの資料を参照し、ヴィクトリア朝時代の社会の全体像を描いた数少ない本の一つだそうです。
 本書は、1850年代を中心に、放浪者、こそ泥、追い剥ぎ、押し込み強盗、故買屋、乞食、ペテン師、贋金使い、賭博士など、下層社会に生きるさまざまな人々を描き出しています。1850年代といえば、日本では幕末期に当たりますが、当時の日本でもこれ程の無秩序は存在しなかったのではないかと思われ、繁栄の絶頂を極めたヴィクトリア朝のもう一つの側面を見たような気がします。それと同時に、下層社会に生きる人々の逞しさも感じました。しかし、こうした下層社会は、繁栄するヴィクトリア朝と無関係に存在していたわけではありませんでした。

「しかし、広い意味では、下層社会抜きでこの時代のイギリス社会を考えることはでない以上、下層社会全体がヴィクトリア朝社会で一つの機能を担っていたと言えるだろう。過激な競争社会から出て来る屑のような人間が流されていく社会の汚水溜め、なくてはならない汚物溜めの至る所に下層社会は根を張っていた。また下層社会から一般社会への止むことのない逆襲が、社会に強い影響力を及ぼした。社会の負け犬を人目につく脅威的ないし迷惑な存在にすることによって、何も言わずに苦しんでいる者の運命など見逃しがちな一般の人々の目に、否応なくとまらせたのである。」


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