2016年8月3日水曜日

「ロンドン・ペストの恐怖」を読んで

 ダニエル・デフォー著(1722) 栗本慎一郎訳 小学館(1994)
 デフォーといえば、「ロビンソン・クルーソー」(1719)が有名ですが、これについては「映画「ロビンソン・クルーソー」を観て」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2015/11/blog-post_7.html)を参照して下さい。彼はジャーナリストですので、王政復古時代からハノーヴァー朝の成立にいたるまでの様々な事件に関わり、多くの著書を著しています。本書はそうした作品の一つで、1665年に実際にロンドンを襲ったペストの恐怖を、ドキュメンタリー風の小説として描き出しています。
 ペストは、14世紀における大流行後も、断続的にヨーロッパ各地で発生しています。ペストについては、このブログの「グローバル・ヒストリー 第14章 1415世紀-危機の時代 疫病と世界史」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2014/01/141415.html)を参照して下さい。北里柴三郎がペスト菌を発見したのは1894年ですから、1665年当時では、ペストの原因も対処方法もまったく分からず、ペストが流行したら、ただ逃げるしかありませんでした。しかし、「逃げる」ことができる人は金持だけであり、貧乏人には逃げる術もなく、当時50万人ほどだったロンドン人口の約2割が死亡したとされます。
 著者は当時まだ5歳でしたので、この災難について僅かな記憶しか残っていませんが、彼はジャーナリストとして当時の記録を徹底的に調査し、当時の人々から多くの聞き取り調査を行い、ペストが流行するロンドンの状況を再現しました。本書は、H.Fという架空の人物の回想という形で進められます。地獄のような状況の中で、半狂乱になった人々、真っ先に逃げてしまった国教会の牧師、インチキな医療で金儲けをする詐欺師など、死に向かい合った極限状態の中での人々の心を描き出します。しかし一方で、ロンドンに留まった牧師も多数おり、さらに不幸な人々を助けようとする人々もいました。
 本書は、こうした現実を比較的軽いタッチで淡々と描き出しいき、ペストが流行する現場がどのようなものであるかを、さまざまな角度から再現しています。本書のような悲惨な内容を扱った本について、「面白い」という表現を使うのは不適切かもしれませんが、実際に大変面白く読むことができました。その背景には、「ロビンソンクルーソー」に見られるように、著者が、究極的には人間の魂の美しさを信じていたからではないでしょうか。

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