2015年3月14日土曜日

映画で観る二人の尼僧

黒水仙

1947年にイギリスで制作された映画で、内容は分かりにくいのですが、非常に映像の美しい映画です。時代は20世紀の初め頃だと思われ、場所はインドのカルカッタにある聖マリア女子修道院から始まります。
ある時、ヒマラヤの山麓の領主からこの修道院に、学校と病院を建てたいので尼僧を送って欲しいという要請が届きました。そこで修道院は、26歳のシスター・クロードを院長として5人の尼僧を送ることにしました。赴任先の修道院は、周りをヒマラヤ山脈に囲まれた標高2400メートルの地にあり、壮大にして峻厳な美しさをもつ場所でした。そこには、一人の聖人が、一日中座って瞑想し、人々の尊敬を受けていました。さらにディーンというヨーロッパ人の男性が一人おり、領主との仲介役を果たしていました。何故彼がここで一人で暮らしているのか分かりませんが、「文明」の喧騒を逃れてきたのかもしれません。
 尼僧たちは、理想と使命感に支えられて、よく働きますが、まもなく彼女たちに変化が表れます。一人の尼僧は、このあまりに美しい自然の中で、信仰心が揺らぎ始めます。尼僧たちは野蛮な土地を「文明化」することを目標としていましたが、それが無意味に思われ、彼女はカルカッタに帰ることを願い出ます。そして院長のクロード自身にも変化が現れ、何故か捨てたはずの過去を思い出すようになります。かつて彼女は男に捨てられたため、そのプライドを守るために尼僧になったのですが、この大自然の中では、そのようなプライドは無意味に思われました。もう一人の尼僧ルースは、ただ一人のヨーロッパ人の男性に片思いをし、錯乱状態になって修道院を出ていきます。その結果、修道院の維持は困難となり、半年後に彼女たちはカルカッタへ帰って行きます。
 ところで、タイトルの「黒水仙」が何を意味するのか、よく分かりませんでした。もちろん黒水仙という植物は存在せず、これは香水のことだと思われます。黒水仙は、フランスのキャロンというブランドで発売されている香水で、正式名をナルシスノワールといい、日本では黒水仙という名で発売されています。ナルシスというのは、ギリシア神話で水鏡に写った自分自身を愛してしまった美少年のことで、自己愛を意味します。修道女たちは、現世から離れ、欲望を抑え、自分たちが絶対的に正しいと信じて生きています。こうした生き方も一種の自己愛ではないでしょうか。結局、この壮大な自然の中では、自分たちが絶対的に正しいとする自己愛は、脆くも崩れ去っていきました。官能的な香りのする黒水仙は、こうした欺瞞的な自己愛を象徴しているように思われます。
 ヨーロッパ人が異郷の地で奉仕活動を行う場合、彼らは決して現地の言葉を覚えず、ヨーロッパの言葉を教え、ヨーロッパの言葉で授業を行います。そしてそれが、「文明化」だと彼らは信じているのですが、この大自然と悠久に流れる時間の中では、このような自己陶酔的な態度は傲慢としか言いようがなく、彼らは敗北して去っていくしかなかったのだと思います。
 それにしても「黒水仙」の意味が、今一説明しきれていないように思います。ディーンに恋い焦がれるルースは、欲望を抑えられず、クロードとディーンが愛し合っていると勘違いして、阿修羅のごとき形相となって、クロードを殺そうとし、結局彼女は谷に落ちて死んでしまいます。黒水仙は、陶酔的な自己愛から官能の世界に身を任せた尼僧の姿を暗示しているのかもしれません。

 結局黒水仙の意味はよく分かりませんでしたが、大変美しく、心惹かれる映画ではありました。


尼僧物語

1959年に制作されたアメリカの映画で、ベルギーを舞台とし、時代は第二次世界大戦前後です。一人の女性がコンゴでの医療奉仕活動をしたいと願い、尼僧となってコンゴに行くのですが、祖国ベルギーがナチス・ドイツに占領されたため、修道院を出て反ナチスの地下活動を行うという物語で、実話に基づいているようです。
まず、修道院とは何かということについて考えてみたいと思います。修道院とはウイキペディアによれば、「キリスト教において修道士がイエス・キリストの精神に倣って祈りと労働のうちに共同生活(修道生活)をするための施設」です。戒律は修道会によって異なりますが、まず半年の志願期を経て、その後修練期間を過ぎて後、清貧・貞潔・服従の三つの誓いを立てて修道士となることが許されます。この映画でも、前半のほとんどが、この修行時代です。そして残りの人生を、沈黙と禁欲と服従の中で過ごします。もちろんこれは建て前で、長い修道院の歴史の過程では、修道院が巨大な富を蓄え、腐敗・堕落していた時期もありました。

もともと修道士は修道院から外へでることはなく、自給自足の生活を送っていましたが、16世紀にイエズス会が宣教活動を行うようになって以来、伝道・教育・医療活動などを積極的に行う修道会が生まれてきました。前の「黒水仙」の修道会も、この映画での修道会も、このような修道会でした。そして主人公のガブリエル(シスター・ルーク)は、なぜ修道女になることを望んだのかははっきりしませんが、尼僧となってベルギー領コンゴで奉仕活動を行うことを望んでいました。しかしこの様な動機は、修道女としては失格でした。コンゴへ行くことは結果であって、まず優れた修道女になることがすべての前提なのです。彼女は、この点で常に苦しみます。例えば、鐘が鳴ったらすべての仕事を中断してお祈りをあげなくてはいけないのですが、彼女はお祈りのために治療中の患者から離れることができませんでした。

ところで、彼女は何故コンゴでの活動を望んだのか、ということを考えてみたいと思います。19世紀後半に、スタンリーがコンゴ川流域を探検し、この地方の地理が明らかとなると、ベルギー国王レオポルト2世は、この広大な地域を私領とします。そして彼は悪名高い傭兵隊を組織し、現地人にゴムを採集させるようになります。このゴム採集は過酷を極め、採集したゴムが少ないと、罰として手首を切り落とし、切り落とされた手首が山積みされるという事態が発生しました。これによってレオポルト2世は巨万の富を蓄えたのです。やがてコンゴでの実情が知られるようになると、国際的な非難が高まり、その結果、1908年にコンゴ自由国の支配権はベルギー政府に移管され、ここにベルギー領コンゴが成立することになります。
ベルギー政府は、教会を中心に教育・医療の向上に努め、またコンゴは鉱物資源が豊かだったため、道路・鉄道・港湾の整備に努めました。これによってベルギーは多大の利益を得るとともに、ベルギー国内でも絶好の奉仕活動の場として注目されたわけです。ちょうどこの頃、フランスの植民地ガボンで、ドイツ人のシヴァイツァーがキリスト教精神に基づき伝道と医療活動を行っており、世界的にも有名になっていました。ただ彼の活動は、白人を兄、黒人を弟とするなど、白人優位主義に基づくもので、現地ではあまり評判がよくありません。この点においては、「黒水仙」も「尼僧物語」もまったく同じ前提に立っています。私は、彼らの献身を決して疑うものではありませんし、また白人優位主義は当時の風潮ではありましたが、それでも彼らの献身は傲慢と紙一重ではなかったかと思います。

話しが逸れましたが、その後色々あって、シスター・ルークはようやく憧れのコンゴへやってきます。彼女はここで献身的に働きますが、修道女としての絶対的な従順と自らの意志との葛藤に苦しみます。やがて彼女はベルギーに帰され、まもなく第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍がベルギーに侵入してきます。戦争中でも修道院は中立を保ち、地下運動に関わることは禁止されていましたが、ルークは見習い修道女が地下運動に関わっていることを知りながら見逃してやります。その後父がドイツ兵によって射殺されたことを知ると、彼女はドイツ人に対する憎しみを抑えきれなくなり、修道院を出ることを決意します。
修道院を出る前に、見習い修道女がルークにこっそりと地下組織の連絡先を教えてくれました。そして、彼女に欠けていたのは、この要領の良さでした。見習い修道女は規則に違反していましたが、それでも立派な修道女になることを望んでいました。これに対してルークは、少しでも従順に反すると、厳しく自らを罰して苦しみ続けましたが、それでは修道女は務まらないということです。結局苦しみ抜いた末に、彼女は従順より自らの意志を選んだわけです。

コンゴは、1960年に独立を宣言しますが、ベルギーが撤退を拒否したため、コンゴ動乱という混乱状態に陥ります。その後コンゴは長い間独裁政権の下に置かれますが、現在内乱状態にあります。結局、ルークたちがコンゴで行ったことは、何だったのでしょうか。



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