2020年5月20日水曜日

映画「太陽」を観て


ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督によりロシア・イタリア・フランス・スイス合作映画として制作された映画で、終戦直前・直後の昭和天皇の苦悩が描かれています。ロシアで制作された映画であるにも関わらず、映画で使用されている言語は、日本語と英語のみです。
映画は、戦争末期の激しい空襲と核兵器の投下により日本が廃墟となりつつあり、天皇は皇居の地下壕で生活しているところから始まります。結局、日本はポツダム宣言を受託し、194592日に降伏文書に署名します。そして927日に天皇はマッカーサーが会見し、194611日に、いわゆる「人間宣言」を発表しました。日本は明治以来、神格化された天皇を国民統合の精神的中核とする国家体制を形成してきましたが、日本でいう神は欧米でいう絶対的なGodとは異なり、例えば「誰々は野球の神」であるという程度の意味です。もちろん戦争が激しくなるにつれて、軍部が天皇の神格化を利用しようとしたとしても、昭和天皇自身はそれを嫌悪していたとされます。
「人間宣言」がどのように作成され、それをどのように解釈すべきかについては多くの議論があり、私が口をはさむことなどありません。ただ、この詔勅を「人間宣言」と呼んだのはマスコミで、詔勅の後半部分で、天皇が神の子孫であることは否定せず、「現人神」ではないことを宣言しています。このことは、天皇制についての従来の考えを否定するものではなく、天皇は今日でも神の子孫としての古い儀式を遂行しています。いわば天皇は、天皇制という日本の古い文化の継承者というべきかもしれません。
映画は、こうした難しい話には一切立ち入りません。ただこの時期の昭和天皇の日常生活を、淡々と描いているのみで、イッセー尾形は昭和天皇の所作を見事に学び演じていました。この半年の間に昭和天皇は重大な決断をいくつか行い、その度に表情が変わりますが、最も激しい表情の変化を示したのは、この映画の最後でした。それは「人間宣言」を作成するにあたって協力した若い技官が自殺したという知らせを聞いた時でした。この時の天皇の表情は映し出されませんでしたが、それを間近で見ていた皇后(桃井かおり)の表情が、見るも恐ろしい形相に変貌していく姿が映し出されていました。それは、鏡に映った天皇の姿だったのでしょう。
昭和天皇についてはタブーが多く、このような映画は日本人には制作できないでしょう。また、このような視点で昭和天皇を捉えた日本人も、あまりいないように思います。一方、史実に多くの誤りがあるとして批判する人たちもいますが、監督自身が、これはドキュメンタリーではないと述べており、事実に基づいているとはいえ、史実を忠実に再現した映画ではありません。映画は、権力の座にいながら、いかなる権力ももたず、人間でありながら、神のようにみなされた、一人の善良で孤独な人間を、いくぶんコミカルに愛情をこめて描いています。監督は、この映画の続編を是非日本人に制作して欲しいと、述べているそうです。
アレクサンドル・ソクーロフ監督は、すでに日本との合作で「エルミタージュ幻想」という映画を制作しており(「第27章 社会主義の挑戦」(https://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2014/01/27.html))、さらにヒトラーやスターリンについての映画も制作されているそうです。この監督がヒトラーやスターリンを描いたらどのようなるのか、大変興味深く思います。


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