2018年8月8日水曜日

「消去」を読んで

リティ・パニュ+バタイユ著、2012年、中村富美子訳、現代企画室、2014
 1975年にサイゴンが陥落し、アメリカ軍がヴェトナムから撤退しました。カンボジアでも、同年左派のクメール・ルージュがプノンペンを制圧し、民主カンプチア政府を樹立します。そして4年間の間に百万人前後の人びとを、病気・飢餓・虐殺などで死に追いやります。なお殺された人数については諸説あり、ここでは深入りしません。
 著者は、13歳の時に両親や兄弟とともに強制労働に追いやられ、S21という収容所で暮らします。そこにはドッチという所長がおり、彼によって多くの人々が拷問され、殺されました。この間に両親も兄弟も死にましたが、運よく彼は生き延び、フランスに渡り、やがてそこで映画製作に携わります。そして「S21 クメール・ルージュの虐殺者たち」で注目されます。さらに、すでに逮捕され裁判を受けていたドッチに面会し、何百時間もの面談を行い、その結果生まれたのが本書です。
 著者はドッチに合うのが非常に苦痛でしたが、彼はこれを「トラウマ」というありきたりの言葉で述べることを嫌います。「私の場合は終わりのない悲しみだ。それは拭い去れないイマージュ、あまりに辛い仕打ち、私を苛む沈黙だ」と述べます。それにもかかわらず、彼はドッチに問い続けます。「あなたのようなインテリが、なぜあのようなことをしたのか」「あなたは夢を見ることがあるか」
 ある時著者は、50のスローガンをドッチに見せ、どれか一つを選ばせます。彼が選んだのは、「お前を残しておいても何の得もない。お前を消しても何も失わない。」で、さらに付け加えます。「もっと重要なスローガンがあるのをお忘れだ。『借りた血は、血で返せ』ですよ。私は驚いた。「なぜ、もっとイデオロギー的スローガンではなく、それを?」ドッチは私を見据えた。「リティさん、クメール・ルージュとは消去です。人間には何の権利もありません。」
これが、かつて世界中の知識人たちが称賛したクメール・ルージュの革命の実像だったのかもしれません。
リティ・パニュ                 ドッチ    



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