2016年7月16日土曜日

映画「白鯨」を観て

MOBY DICK (1部 冒 /2部  )は、アメリカのメルヴィルが19世紀半ばに著した同名の小説をもとに、2010年にドイツ・オーストリアで、テレビ番組用に制作されました。
 メルヴィルは、1819年にニューヨークで生まれ、父が破産したため、小学校の教員など色々な仕事を転々とした後、1839年に船員となり、1844年に帰国しますが、この間に様々な苦しい経験をします。こうした経験をもとに、1851年に「白鯨」を発表しますが、ほとんど評価されず、その後も多くの小説を書き続けますが、生活はニューヨークの税関での仕事でかろうじて維持、家族の不幸も相次ぎ、1891年死亡します。報われることの少ない一生でした。彼の作品は象徴的で難解であったため評価されず、彼の死の30年後にようやく再評価が行われます。「白鯨」はサマセット・モームの「世界の十大小説」に入っており、また何度も映画化されました。
 クジラは、種類も豊富で、北極海から南極海まで分布し、人類は古くから捕鯨を行っていました。近代になると、ヨーロッパ人が良質の灯油用の鯨油を求めて大規模な捕鯨を行うようになり、17世紀末には鯨油貿易はアジアの香辛料貿易を上回るほどでした。18世紀に入ると資源が枯渇し始めたため、北米植民地の人々が大型帆船で太平洋に乗り出すようになります。捕鯨の範囲は北極海から南極海に及び、1820年代には日本近海が資源豊富な漁場として、多くの捕鯨船が集まるようになります。1841年に遭難したジョン万次郎を助けたのはアメリカの捕鯨船であり、1853年にペリーが来航したのも、捕鯨船の寄港地が欲しかったからです。
 ドラマは、捕鯨船の船長エイハブが巨大な白鯨に片足を食いちぎられ、その復讐に執念を燃している所から始まります。このクジラはマッコウクジラで、背が灰色で、大きなものは20メートルを超えるそうです。船長を襲ったクジラはモビィ・ディックと呼ばれ、30メートルを超す巨体で、人々に恐れられていました。この船の一等航海士スターバックは非常に実直な人物でしたが、モビィ・ディックを倒すと言う船長の冒険には一貫して反対していました。なお、コーヒー・チェーン店のスターバックスは、この名前に由来するそうです。そしてこの物語の語り部がイシュメイルという青年で、クジラに憧れてやってきました。エイハブのモビィ・ディックに対する執念は凄まじく、太平洋を縦横に走り回って追いかけ、凄まじい戦いの結果敗北し、イシュメイル以外は全員が死亡します。
 私は原作を読んでいないのですが、本書は文庫本で1000ページに及ぶ大作だそうで、捕鯨についての詳細な説明があり、19世紀のアメリカ捕鯨の貴重な資料にもなっているそうです。全体に象徴性に富み、「モビィ・ディックは悪の象徴、エイハブ船長は多種多様な人種を統率した人間の善の象徴、作品の背後にある広大な海を人生に例えるのが一般的な解釈」なのだそうです。ただ、エイハブという名前は旧約聖書にあるアハブであり、アハブは偶像崇拝を受け入れた悪王です。事実、船員にはインディアン(先住民)も黒人(アフリカ系アメリカ人)もおり、人種的・宗教的差別のない世界であり、南北戦争が近づいている当時としては、むしろ特異な世界といえるでしょう。もしかするとエイハブは、絶対的な服従を求める神モビィ・ディックに挑戦したのかもしれません。
それに対して、スターバックは信仰深い人間であり、神に挑戦しようとする船長を必死になだめていたのかもしれません。一方、イシュメイルも旧約聖書にある名前でイシュマエルといい、アブラハムの庶子として生まれ、後に母とともに砂漠に追放された人物です。イシュメイルは小柄で腕力もなく、周りから浮いた存在でしたが、エイハブを父のように慕い、モビィ・ディックを倒すことに熱中し、結局彼だけが生き残ります。このことが何を意味するのか、映画だけではよく分かりませんでした。とはいえ、今から原作を読む気力は、私にはありません。

なお、イシュマエルはやがてアラブ人の祖先となったとされ、イスラーム教ではイスマーイールの名で尊敬されています。

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