2017年4月22日土曜日

映画「ランジェ公爵夫人」を観て

2008年にフランス・イタリアで制作された映画で、19世紀のフランスの文豪バルザックの小説を映画化したものです。 
バルザックについては、ウイキペディアの説明をそのまま引用します。「バルザックの小説の特性は、社会全体を俯瞰する巨大な視点と同時に、人間の精神の内部を精密に描き、その双方を鮮烈な形で対応させていくというところにある。そうした社会と個人の関係の他に、芸術と人生、欲望と理性、男と女、聖と俗、霊肉といった様々な二元論をもとに、時に諧謔的に、時に幻想的に、時にサスペンスフルにと、様々な種類の人間を描くにあたって豊かな趣向を凝らして書かれた諸作品は、深刻で根源的なテーマを扱いながらもすぐれて娯楽的でもある。高潔な善人が物語に登場することも少なくなく、かれらは偽善的な社会のなかで生きることに苦しみながら、ほぼ例外なく苦悩のうちに死んでいく(『ゴリオ爺さん』、『谷間のゆり』など)。長くはない一生において実に多彩な傾向の物語を著しつづけた天才的な才能の持ち主であり、その多作・速筆にも関わらずアイデアが尽きることはなかった。社会におよそ存在しうるあらゆる人物・場面を描くことによってフランス社会史を形成する壮大な試み『人間喜劇』を構想したが、その死によって中絶。」
 物語の舞台は、19世紀初頭のパリです。この時代には、すでにナポレオンが没落し、ブルボン王朝が復活し、貴族階級も復活していましたが、さすがに貴族は革命以前のような力はなく、映画で観るかぎり、邸宅もそれ程豪華なものではありませんでした。もちろん、彼らは地方に領地をもち、そちらにも邸宅があるのでしょうが、もはやかつてのような力はありませんでした。ただ、連日のように舞踏会が開かれ、社交界では恋愛ゲームが行われ、貴族たちは無為に時を過ごしていました。
 主人公のランジェ公爵夫人(アントワネット)もまた、このような生活を送っていました。当時の貴族は、前に観た「ある公爵夫人の生涯」(「映画「ある公爵夫人の生涯」を観て」http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2017/04/blog-post_8.html)のように、双方の打算で結婚することが多く、愛情のない生活を送っていました。映画でも、彼女の夫がどこにいるのか知りませんが、まったく登場しません。そして当時社交界で噂の的となっていたのは、モリヴァー将軍でした。彼はナポレオン軍の英雄であり、またアフリカでも戦い、その武勇伝が喧伝されていました。彼に興味をもったアントワネットは、恋愛ゲームを仕掛けます。無骨な軍人だったモリヴァー将軍は、真剣にアントワネットを愛するようになりますが、彼女はのらりくらりと将軍を弄びます。ついに耐えかねた将軍は彼女を誘拐しますが、結局彼女を殺すことができず、彼女を解放します。ところが、今度はアントワネットがモリヴァーを真剣に愛するようになりますが、モリヴァーは相手にせず、結局彼女は突然行方をくらまします。そして5年後に、モリヴァーは地中海のマヨルカ島の修道院で彼女が修道女になっているのを発見します。
 映画は、ここから始まります。モリヴァーは修道院で彼女に面会し、修道院を出るように説得しますが、彼女は応じませんでした。そして話は5年前に遡り、上で述べたことが語られ、最後にモリヴァーはアントワネットを修道院から誘拐しようとして修道院に忍び込みますが、その時すでにアントワネットは死んでいました。まさに心のすれ違いドラマですが、一体なぜアントワネットが死んだのかについては、映画でも原作でも語られていません。
 実は彼女は、社交界での虚飾に満ちた生活を嫌悪していました。そして、初めて本当の恋をし、その恋が自分のせいで果たされなかったとき、彼女はすべてを捨ててしまいます。5年後にモリヴァーに再会した時、明らかに彼女は動揺していましたが、すでに彼女は心身ともにボロボロになっており、モリヴァーが彼女を誘拐するために修道院に忍び込む直前に息を引き取ったようです。これが、バルザックが語る「人間喜劇」です。


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