2018年5月16日水曜日

映画でグルジア(ジョージア)を観て

ジョージアを扱った映画を二本観ました。コーカサスの国ジョージアの自治州アブハジアを舞台とした映画です。なお、ジョージアはかつてロシア語でグルジアと呼ばれていましたが、ロシアと対立するグルジアの要請で、英語でジョージアと読むようになりました。このジョージアは、アメリカ合衆国のジョージア州とは語源的にも無関係です。











 コーカサスはコーカサス山脈を中心とする地域で、カスピ海と黒海との間にあって、交通の要衝であるため、古来多くの民族が往来し、混在し、混血し、新しい民族が形成され、さまざまな民族や勢力の支配を受けてきました。19世紀に入るとロシアが進出してロシア領となり、ロシア革命後はソヴィエト連邦内の自治共和国としてソ連邦に編入されました。ロシアの支配に対して各地で独立運動が起きますが弾圧され、特にジョージアは独裁者スターリンの出身地だったこともあって、厳しく弾圧されました。1991年にソヴィエト連邦が崩壊すると、南コーカサスでジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンが独立しますが、どの国も少数民族問題を抱え、さらに独立を認められなかった北コーカサスの諸民族が不満を強めています。その内でわが国でもよく知られているのがチェチェン問題ですが、ここではこの問題には深入りしません。なお2018年の大相撲初場所で優勝した栃ノ心は、このジョージア出身です。

ジョージアが抱える少数民族問題の一つは、南オセチア問題です。1991年にジョージアが独立したとき、オセチアの北部は北オセチア共和国としてロシア連邦に組み込まれ、南部は南オセチア自治州としてグルジアの支配下に置かれました。グルジアによる支配を嫌ったオセチアは、1993年に南オセチア共和国として独立を宣言し、ソ連がこれを支援して2008年に南オセチア共和国を承認すると、グルジア軍が南オセチアに侵入して、ソ連軍と交戦するといった事態に発展します。今日、南オセチア共和国を承認している国は、ロシアなど数か国にすぎませんが、ロシアの支援を受けたオセチアが事実上独立国となっています。





その他にもジョージアの少数民族問題として、アジャリアやアブハジアがありますが、この映画の舞台となったのはアブハジアです。アブハジアはジョージアの最西端に位置し、黒海北岸に面する温暖な土地で、柑橘類などの生産が行われています。アブハジアも、ジョージア独立後の1992年にジョージアからの独立を宣言し、1994年に停戦合意が成立するまで、厳しい戦闘が続きました。この間に多くの難民が国外に脱出し、さらに民族浄化まで行われたとされ、国土は荒廃し、人口は半減しました。2008年にオセチアでジョージア軍とロシア軍が戦闘を開始すると、アブハジア軍もジョージア軍と戦い、この年、ロシアはアブハジアの独立を承認しました。オセチア、アブハジア、アジャリアなどは、国際的には承認されていませんが、今日ジョージアの実行支配は及んでおらず、事実上独立国となっています。
映画は、このアブハジアでの戦乱を背景に描かれています。なお、2014年に冬季オリンピックが開催されたソチは、アブハジアの西端の国境に近く、紛争地域に近い上に、ロシアで最も温暖な土地でもあり、あえてここで冬季オリンピックを開催したのには、何かロシアの意図が働いていたように思われます。

 2013年に制作されたエストニアとの合作映画です。ジョージアのアズハジアに、エストニア人の移民の聚落があり、彼らはミカンの栽培で生計を立てていました。私は、ジョージアにエストニア人の移民が存在したことなど、まったく知りませんでした。最初の字幕に100年前に移民したとあるので、移民したのはロシア革命直前の帝政末期と思われます。当時ジョージアもエストニアもロシア領であり、同じ帝国内で移民があったとしても、不思議ではないかもしれません。多分寒冷なバルト海の国から、温暖な黒海沿岸に移住したのでしょう。
 しかし、戦争が始まってから、エストニア人たちはほとんど故郷に帰り、残っているのは医師と、ミカンを栽培しているマルゴスと、ミカンの箱を作っているイヴォという老人だけでした。医師はまもなく帰国し、マルゴスはミカンを収穫したら帰ろうと思っていました。ところがある日、マルゴスの家の前で戦闘が始まり、4人が死亡し、二人が重傷でした。マルゴスとイヴォは二人を家に連れてきて介抱します。
 負傷者のアフメドはチェチェンから来た傭兵で、チェチェン人がアルハジアの独立戦争を援助しているのも不思議です。チェチェンは、ロシアからの独立を目指してロシアと戦っている国ですが、そのチェチェン人がロシアの援助を受けているアルハジアのために戦っているわけです。その理由は、多分大国ジョージアに対する小国アルハジアへの共感だろうと思いますが、このあたりの複雑さにはついていけません。一方もう一人の負傷者ニカはジョージア人で、今やエストニア人とチェチェン人とジョージア人が、小さな家で共同生活を送るようになります。
当然、アフメドとニカが激しく対立しますが、イヴォは二人に殺しあうのは家を出てからにしろと厳命します。こうして不安定でも穏やかな生活が始まります。しかしやがてチェチェン軍がやって来て、戦闘が始まり、マルゴスとニカが死にます。この戦闘でアフメドは、この家族を守るために同胞であるチェチェン人と戦い、イヴォとともにマルゴスとニカを埋葬して、故郷に帰っていきます。その後イヴォがどうしたかは分かりません。多分そこに残ったのではないかと思います。彼は言います。「この土地を愛し、そして憎む」と。
なんという空しい戦争でしょうか。彼らが抱いていた民族的な憎しみは、お互いに顔を合わせて暮らしていれば、ほとんど根拠のない憎しみであることが分かります。映画は、そのことを淡々と語っているように思います。


 2014年に制作された、ジョージア、ドイツ、フランスなどの合作映画です。
 映画は、まず次の字幕から始まります。「コーカサス山脈から黒海へ注ぐテングリ川は、毎年春の本流で土砂を運び、中洲をつくる。そして農家は水浸しの土地を捨て、土壌が肥沃な新しい中洲へ移る。そこで春から秋にかけてとうもろこしを栽培し、長く厳しい冬を越すための食糧にする。」テングリといのはモンゴルの神で、この地は長くモンゴルの支配下にあったので、その名が残ったと思われますが、具体的にはその川がどこにあるのか知りません。
ストーリーは単純で、ある老人と15~16歳の孫娘が船で小さな中洲へやってきて、小さな小屋を建て、土地を耕し、とうもろこしの種を蒔き、やがて成長し、収穫期が近づいてきます。彼らは小屋に泊まったり、対岸のどこかにある家に帰ったりしています。セリフはほとんどなく、単調で穏やかに時が流れていきます。しかし時々兵士たちが乗った船が通過していき、さらに時々銃声が聞こえます。さらにある時、怪我をした兵士が現れ、二人は彼の手当てをします。この兵士がどちら側の人間なのか分かりませんが、そんなことは彼らには関係ありません。
いよいよとうもろこしの収穫が始まりますが、激しい嵐に見舞われ、かろうじて収穫したとうもろこしを船に乗せて持ち帰ります。そして中洲はいつものように水の中に沈みます。こうした日常的な生活の外で、人々は民族の違いを理由に憎しみをむき出しにして殺しあっているのです。空しいことです。

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