ハリエット・アン・ジェイコブズ著 堀越ゆき訳 2013年 大和書店
本書は、19世紀のアメリカ合衆国で、奴隷として生きた一人の黒人女性の回想録です。本書は1861年、つまり南北戦争が始まった年に執筆されましたが、出版直前に出版社が倒産して自費出版となり、しかも彼女がペンネームを使っていたことや、文体があまりに見事だったこともあって、「白人著者によるフィクション」と考えられ、長く人々から忘れられていました。しかしアメリカの歴史学者イエリン教授は、本書の著者がジェイコブズであること、また本書に書かれていることが事実であることを確認し、いわば本書を再発見します。実に本書が出版されてから、126年目のことです。それでも、初め本書は奴隷制度の資料として読まれていたにすぎませんが、次第に本書が人生や人間について語る文学して、広く愛読されようになりました。
彼女は、1813年に奴隷の子として生まれ、幼くして両親と死別し、12歳で好色な医者の奴隷となり、性的虐待を受けます。そのため彼女は家から逃げ出し、7年間も屋根裏部屋で過ごし、やがて北部に逃亡します。とはいえ逃亡奴隷として捕まれば、法に従って所有主のものとに返されます。それから逃れる方法は、知人に奴隷主から自分を買ってもらう、つまり売買契約書を作って、そのうえで知人に解放してもらう方法です。そしてこれは達成されました。知人から売買契約書が作成されたとの知らせが届いたのです。しかしこの報告は、彼女にとって決してうれしいものではありませんでした。
「売買契約書!」-この言葉は、思い切り私を打ちのめした。とうとう私は売られたのだ!人間が、自由なニューヨークで売られたのだ。売買契約書は記録として残り、キリストが生まれ19世紀経った終わりにも、女は取引用の商品だったと、後の時代の人びとが学ぶことになるだろう。アメリカ合衆国の文明の進化を測りたいと希望する古物収集家にとっては、以後、有益な文書になるかもしれない。この紙切れが意図する価値は十分に分かっていたが、自由を愛する人間として、これを目にする気にはなれない。この紙を手に入れてくれた寛大な友には深く感謝しているが、正しく自分のものでは決してなかった何かに対し、支払いを要求した悪人のことは、嫌悪している。
私は今までに、奴隷制に関する本をかなり読み、映画もかなり観ました。したがって、本書に書かれているような奴隷に関する非人道的な扱いについて、知識としてはもっていました。しかし本書は、現実に奴隷であった女性により、自らの惨い体験を、極めて知的で美しい文章で書かれたものであり、圧倒的な迫力でわれわれに迫ってきます。まさに古典的な名作と呼ぶに相応しい本だとおもいます。
黒人奴隷制度については、今まで何度も取り上げてきましたので、以下の記事も参照して下さい。
「アメリカ黒人奴隷の歴史を読んで」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2015/07/blog-post_8.html)
最後に、大変興味深いのは、本書の訳者が大手外資系企業コンサルティング会社で企業買収の仕事としているそうで、要するに「はげたか」だということです。その彼女があえて本書を翻訳したのは、自分もまた牢獄に閉じ込められている、という強い思いがあったからのようです。
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