2012年にアメリカで制作された映画で、1979年にイランで起こったアメリカ大使館員人質事件を題材としています。内容は、基本的には事実に基づいているとのことです。
イランは古い歴史のある国で、イランの歴史については「映画でイスラーム世界を観る 「ハーフェズ ペルシャの詩」」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2014/06/blog-post_8.html)を参照して下さい。
19世紀を通して、イランはイギリスとロシアの草刈り場となり、20世紀に入ると両国によって分割されます。第一次世界大戦後、軍のクーデタによりパフレヴィー朝(イラン立憲君主国)が創建されます。第二次世界大戦中、パフレヴィー朝は親ナチス政策をとったため、一時ソ連軍とイギリス軍に占領されます。1950年代にモサッデク首相がイギリス系アングロ・イラニアン石油会社によって独占されていた石油の国有化を図りましたが、イギリスとアメリカ、及び両国と結んだ皇帝パフラヴィーによって1953年に失脚させられます。この事件にはアメリカのCIAが深く関わっており、これによってイラン民衆のアメリカへの強い不信感が醸成されることになります。
以後パフラヴィー朝の皇帝(シャー)は、CIAやFBIの協力を得て独裁体制を樹立し、女性のヴェール着用廃止、土地改革、産業の育成など上からの近代化政策を推進しますが、こうした政策は貧富の差を拡大させるとともに、民衆との繋がりの強いシーア派の宗教指導者たちの反発を招きました。1978年になると、各地で反政府デモが頻発し、軍隊と衝突するなど混乱が頂点に達します。そうした中で、1979年1月に皇帝は亡命し、2月にフランスに亡命していたシーア派の最高指導者ホメイニが帰国すると、彼の指導のもとでイスラーム教の原理に基づくイラン・イスラーム共和国が建国されます。この年、ソ連がアフガニスタンに侵攻し、さらにイラン・イラク戦争が勃発しますので、中東は極めて不安定となります。
革命後のイランでは、イスラーム法に基づく国造りが進められます。それは、イスラーム教徒以外は二級市民となり、女性はスカーフの着用が強制されるなど、極めて宗教色の強いものでした。欧米の人々は、このような宗教国家が長続きするはずがないと考えていましたが、この国家は今も続いています。一方、パフレヴィー朝はアメリカの支援によって成り立っていた権力であり、したがってイスラーム法学者や民衆はアメリカに対して強い憎しみを抱いていました。特に皇帝がアメリカに亡命すると、イランはアメリカに国王の引き渡しを要求しましたが、当時皇帝は末期癌を患っており、アメリカには引き渡すことができませんでした。こうした中で、アメリカ大使館員人質事件が起きます。
映画は、ここから始まります。1979年10月22日、イスラーム法学校の学生たちがアメリカ大使館前でデモを行い、しだいに人数が増えて、11月4日大使館内に侵入しました。彼らの行動はイスラーム原理主義者の団体によって先導されていたようで、政府も警察も彼らの行動を黙認しました。彼らは、アメリカ人外交官や海兵隊員とその家族の計52人を人質とし、元皇帝のイラン政府への身柄引き渡しを要求します。こうして人質は1981年1月20日に解放されるまで、444日間幽閉されることになります。そしてこの映画のテーマは、アメリカ大使館内に幽閉された人質ではなく、直前に脱出した6人の大使館員の問題です。
彼らはカナダ大使館に逃げ込み、大使公邸にかくまわれたのですが、これは大変厄介な問題です。もしこのことがイラン政府に発覚すれば、イラン在住のカナダ人を危険に晒すことになります。そこでアメリカのCIAは、カナダ政府と協力して6人のアメリカ人外交官の救出作戦を実行します。その作戦の内容は、かつてテレビドラマで評判となった「スパイ大作戦」のようでした。まず偽装した映画会社が、ギリシア神話に由来する「アルゴ」という映画のロケハンのため、スタッフをイランに派遣するという設定を偽装します。そしてイランに入国し、6人にカナダ政府発行のパスポートを渡して、飛行場から堂々と脱出するというものです。その過程は大変スリリングで、とても実話とは思えないほどでした。
結局、6人は1980年1月27日に脱出に成功します。脱出した人々の安全を配慮して、この脱出にCIAが関与していたことは、1997年まで公表されませんでした。これだけ見れば、6人の脱出のために奮闘したCIA要員の英雄的活動の物語です。しかしCIAは、同じ様な手法で、外国の政府を転覆させたり、要人を殺害したり、社会混乱を誘発させたりしているのですから、素直に英雄的活躍として観ることはできませんでした。実際、CIAの要員にとっても、このアルゴ作戦は、外国の要人殺害などと同じような作戦の一つにすぎなかったでしょう。CIAについては「映画でアメリカを観る(7) グッドシェパード」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2015/02/7.html)を参照して下さい。
なお、イランはイスラーム法に則って女性差別的な政策を実施していますが、決して女性を蔑視しているわけではなく、革命後女性だけの革命防衛隊を組織して革命への女性参加を促し、さらに女性教育にも積極的です。イランでは年1回行われる大学統一試験の合格者は男子より女子が上回っており、医学部の学生は女子が7割を占めるとのことです。
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