2010年に中国で制作されたテレビ・ドラマで、全50話からなります。「紅楼夢」は、18世紀半ばに書かれた長編小説で、作者は曹雪芹だとされていますが、異説もあるようです。曹雪芹の家は、祖父の代には繁栄したようですが、父の代から没落を始め、曹雪芹の時代には貧窮するようになります。中国では、どれ程繁栄した家であろうと、繁栄が100年以上続く例は少ないとのことで、曹雪芹の家もその例にもれなかったです。曹雪芹については分かっていることは少なく、1724年頃に生まれ、1763年頃に死んだこと、彼の死後1791年に初版が出版されたことなどです。
「紅楼夢」は「三国志演義」・「水滸伝」・「西遊記」とともに中国の「四大奇書」と呼ばれます。なお、「奇書」とは「世に希なほど卓越した書物」という意味です。本書が出版されると、多数の紅迷(ホンミー)と呼ばれる熱狂的な紅楼夢ファンが生れました。台湾のある研究者が、次のように述べたそうです。「第一回は非常に読みづらく、最後までまともに読める人がいない。二回目はやや面白くなるが二回目くらいではあまり熱中する人はいない。第三回を読み始めると中毒状態になり、仕事や学習をさぼってでも読むようになるという。中国人からアヘン、麻雀、「紅楼夢」を取りあげたら、たちまち大発展してアメリカを追い越すだろう」(ウイキペディア)。私も、映画を観ているうちに、中毒状態になりました。
なお、原作は、110回まであったそうですが、その後散逸して80巻までしか残っておらず、曹雪芹の死後約30年後に出版元が40回分追加し、120回本として出版されました。この追加された40回分については、多くの議論があるそうです。
物語は、まず神話から始まります。中国の神話については、「西遊記」や「水滸伝」にも出てきますし、また前に観た「封神演義」(映画で中国史を観て「封神演義」http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2014/01/blog-post_4967.html)に出てきますので、中国ではよく知られた話なのだと思います。昔々、神々の戦いで世界が破壊されたため、女神が五色の石を使って修復しましたが、一つだけ使われない石があって、放置されました。この石は自分の不運を嘆き悲しんでいましたが、ある日たまたま通りかかった旅の道士と僧侶に下界へ連れて行って欲しいと懇願します。そして都の豊かな貴族の家に玉を口に咥えた男の子が誕生します。この玉には「通霊宝玉」という文字が書かれていました。これが賈宝玉(か・ほうぎょく)です。
(絳珠草)
また、神瑛侍者(しんえいじしゃ)という者が川のほとりに生える絳珠草(こうじゅそう)に甘露をかけたため、絳珠草は女人の姿になることができました。その後神瑛侍者は下界に降りて賈宝玉となったため、絳珠草は自分も人間になって一生に流す涙をあの方にお返ししましょうと言って下界に降り、これが林黛玉(りん・たいぎょく)となります。そして何故か、他の12人の仙女たちも下界へ降りていきます。これが賈宝玉を取り巻く女性たちです。
「紅楼夢」にはストーリーと言えるものはほとんどなく、全体としては賈宝玉と林黛玉・薛宝釵(せつ・ほうさ)の三角関係が描かれているだけです。賈家における贅を尽くした日常生活と、宝玉や女性たちの「情」が細やかに描き出されています。「第1章 めぐり逢い」では、宝玉と黛玉が出会いますが、映画で観る限りどちらも10代前半の少年と少女でした。宝玉は、天真爛漫に女性たちと遊び戯れており、黛玉は病弱で、家族を失って賈家に引き取られていましたので、いつも心細げでした。二人は、前世の因縁から、なんとなく意識しあいますが、しばしば感情の行き違いが生じます。
「第2章 可憐な恋心」では、黛玉の心の揺れが描き出されます。宝玉は誰にも親切で、また誰からも愛されていました。一方、薛宝釵(せつ・ほうさ)は宝玉より年上でしたが、健康優良、頭脳明晰、人格円満、優等生タイプの少女で、周りの人々から慕われており、宝玉も彼女を慕っていました。そうした中での黛玉の揺れ動く心の襞が克明に描かれます。「第3章 賈家の繁栄」では、繁栄を極める賈家の日常が描かれます。12人の少女たちには何人もの侍女がつき、役者を雇って観劇を行い、茶会、作詩会などが開かれます。こうした富は、官僚としての地位を利用して広大な土地を所有し、地代収入を得るととともに、高利貸しや商業などに投資して得られたものです。しかも宝玉の姉賈元春(か・げんしゅん)が皇帝の側室となっていたため、今や賈家は皇帝の外戚でもありました。一方宝玉は、日々の生活を楽しんではいましたが、富や栄達には関心がなく、黛玉は宝玉への思いを募らせ、身のはかなさを嘆く毎日でした。
「第4章 嫉妬と謀略」では、賈家がしだいに財政難になってきたため、あちこちで軋轢が起きます。正妻と側室の対立、主人と使用人との対立、使用人間の対立など、相当醜い争いが克明に描かれており、こうした場面では宝玉や黛玉のような少年や少女が出る幕はありませんでしたが、こうした事件を目の当たりにしつつ、宝玉は少年から青年へと成長していきます。「第5章 悲劇の予兆」では、かつて宝玉がともに遊んだ姉妹たちが去って行きます。寄る辺のない黛玉は、そのガラス細工のような繊細な心を痛め、体も弱って行きます。そして宝玉への思いを一層募らせていきます。
「第6章 欺かれた結婚」は、不幸な結婚について語られます。宝玉と黛玉はお互いを唯一の人と思うようになりますが、お互いに打ち明けあうことはありませんでした。そんな中で、宝玉の母と祖母は宝玉と宝釵との結婚を決めてしまいます。それを知った黛玉は急速に生気を失い、やがて死んでしまいます。実は宝玉には結婚相手が黛玉である騙して結婚させたのですが、それを知った宝玉は魂の抜け殻のようになってしまいます。
「第7章 消えゆく栄華」では、賈家の没落が語られます。皇帝の側室である賈元春の死により、皇室の保護を失った賈家出身の高官たちは、次々と失脚していきます。さらに財産を没収され、そうした混乱の中で、賈家を支え、宝玉をこよなく愛してきた祖母が死にます。そして宝玉は、妻の宝釵を残して出奔し、出家してしまいます。すべてが夢のような出来事でした。少年時代における屋敷で過ごした夢のような楽しい日々、悪夢のような没落の日々、結局これらは、初めから最後まで「通霊宝玉」の夢だったのかもしれません。
「紅楼夢」では、当時の上流階級の日常生活が、登場人物400人を超える規模で細部まで克明に描かれており、同時に当時の社会を痛烈に批判しています。宝玉自身が、官僚は腐敗していると述べ、科挙を受けることを嫌っていました。このような本が発禁処分を受けなかったは、不思議なくらいです。とはいえ、本書の主要な目的は、弱くて感じやすい少女(黛玉)の「情」を描き出すことであり、「三国志演義」が「武」を、「水滸伝」が「侠」を描いたのに対し、「紅楼夢」は「情」の文学でした。ただしその「情」とは、あくまでもプラトニックな「情」です。
また、小説の時代は清朝のはずですが、映画では誰も辮髪をしていません。これは、小説の中で人々の髪型まで書かれているためで、要するに、この小説では時代がいつであるかということは問題ではありませんでした。この小説は時空を超えたところにあるのだと思います。しかし、それにしても、辮髪は清朝のアイデンティティであり、この点でもこの小説が発禁とならなかったのが不思議です。
映画は非常に幻想的で美しく描かれており、子供のように純真な宝玉とガラス細工のような黛玉の心のひだが、よく描かれているように思いました。また、全体が仏教的な無常観に貫かれており、世俗における繁栄の虚しさが、よく描かれていました。最初の20回くらいまでは幾分退屈で、ゆっくり観ていたのですが、20回を過ぎた頃からのめり込み、一気に最後まで観てしまい、中毒状態になりそうでした。
1984年に中国で制作された連続テレビ・ドラマで、全36話ですが、私が観たのは6回に短縮されたものです。このドラマは当時大変評判となり、前に観た2010年版より良いという人もいます。ただ、VHS版をDVD化しているため、画質はかなり落ちます。また、私がこの作品を観たのはかなり前で、あまり印象に残っておらず、また短縮版だったため、内容を十分理解することができませんでした。
付録 「千年の恋 ひかる源氏物語」
2001年に、紫式部による「源氏物語」執筆1千年を記念して制作された映画です。紫式部が本当に1001年から書き始めたかどうかは知りませんが、1008年には相当部分が出来上がっていたことは確実ですので、このあたりから書き始めたという可能性はあります。ここで「源氏物語」を取り上げたのは、「紅楼夢」が中国の「源氏物語」といわれているからです。こうした捉え方が適切がどうかは分かりませんが、どちらも華麗な宮廷絵巻であること、人間の心のひだを巧みに描いていることなどによるものと思います。ただし、「源氏物語」は「紅楼夢」より750年ほど先んじています。もっとも、早ければよいというものではなく、このことは中国と日本との文化的な相違によるものだと思われます。「源氏物語」が執筆された頃の日本には、まだ母系制社会が色濃く残っており、女性が重要な役割を果たしました。一方、中国の知識人は小説のような絵空事を嫌う傾向があり、女性の心理を描く「紅楼夢」は、まるで突然変異のように出現しました。
紫式部については、この時代の多くの女性がそうであるように、本名も生没年代も分かりません。父は越前の受領だったので、あまり高い身分とは言えません。映画は、紫式部が父とともに越前に向かうところから始まります。そして、998年に有力貴族と結婚します。映画では、側室ということになっていますが、事実かどうか知りません。1001年に夫と死別し、1005年頃か1012年頃まで、一条天皇の中宮・彰子(しょうし)に女房兼家庭教師役として仕え、この間に「源氏物語」が執筆されたようです。映画は、紫式部が彰子に源氏物語を語るという形式で進められます。まるで、12歳の彰子に性教育をしているようでした。
本居宣長以来、「源氏物語」の本質は、「もののあはれ」という点で一致しているようです。「もののあはれ」とは、ウイキペディアによれば、「折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁である」ということだそうで、それは同時に人の心を知ることだそうです。「紅楼夢」と「源氏物語」は、時代も場所も全く異なる条件のもとで創作されましたので、安易な比較は許されないと思いますが、どちらも、人間の心を詳細に描き出しているという点で、世界でも屈指の文学作品と言えるでしょう
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