2019年7月24日水曜日

「父フロイトとその時代」を読んで

マルティン・フロイト著 1958年、藤川芳郎訳 白水社 2007
 本書は、ユダヤ系の偉大な精神分析学者フロイトの息子による自叙伝です。本書には、期待したほどフロイトについては述べられておらず、むしろ天才の子として生まれた者の半生が描かれています。精神分析学者としてのフロイトは、当時の常識とは180度異なる見解をとって、コペルニクス、ダーウィンとも並び称されますが、家庭人としてのフロイトは、電話、タイプライター、自転車など「新しい発明品」には好意を示さなかったようです。
 世紀末のウィーンは、多文化が混在する自由な都市で、多くの文化人が活躍し、ユダヤ人も自由に活躍することができました。もちろんユダヤ人に対する差別はあり、フロイト自身が教授に昇進するのが遅れましたが、それでもいずれこうした差別もなくなるであろうと、期待できるような時代でした。ウィーンにおけるユダヤ人については、以下を参照して下さい。 
「「道化のような歴史家の肖像」を読んで」 エゴン・フリーデル
「「ウィトゲンシュタイン家の人びと 闘う家族」を読んで」
 第一次世界大戦後に反ユダヤ主義が高まり、1938年にロンドンに亡命し、翌年癌で死亡します。オーストリアに残してこざるを得なかった4人の娘たちは、収容所で殺害されました。
 フロイトはウィーンを離れる前に、著者の弟に次のような手紙を書いています。

 「この暗い日々にも変わることのない二つの期待があります。おまえたちみんなと一緒になること、そして自由の身で死ぬことです。ときどき自分を老いたヤコブと比べています。たいそう高齢な身で、子供たちに連れられてエジプトに向かうヤコブです。望むらくは、かつてのエジプト脱出のようなことにはなりませんように。今はアハスヴェールが、いずれの地においてか、安らぐ時なのです(アハスヴェールは刑場に向かうキリストを自分の家の前で休ませなかったために、キリストの再来まで地上をさまよう運命を与えられたユダヤ人の靴屋。「永遠のユダヤ人」あるいは「さまよえるユダヤ人」と呼ばれる)。」

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