2001にイタリアとフランスにより制作された映画で、「聖骸布(せいがいふ)」と呼ばれる聖遺物を強奪するという一種の冒険物語です。この映画を理解するためには、ヨーロッパ人とっては当たり前の、しかし日本人の多くには当たり前でない、いくつかの歴史的な背景を知る必要があります。
10世紀ころに、ヨーロッパではようやくキリスト教が民衆レベルで定着し、11世紀に各地で教会が建設されるようになります。そうした中で、教会のシンボルとなるべき聖遺物への需要が高まり、聖遺物が高値で取引されるようになります。とはいえ、この時代から見ても、イエスの死後すでに千年以上もたっており、しかもイエスが活動した場所ではないヨーロッパに、聖遺物なるものがそれ程あるとは思えません。そこで考え出されたのが、聖遺物のねつ造と強奪で、その最たるものが十字軍遠征でした。聖地へ行けば、聖遺物はごろごろ転がっているだろう、という分けです。当時、イエスが磔にされた際に使用された釘が何十本ももたらされましたが、ほとんど偽物でしょう。パリのノートルダム大聖堂には、イエスがかぶせられた茨の冠が安置されているそうですが、これはかつてコンスタンティノープルにあったものですが、それが強奪されてヨーロッパにもたらされたそうです。
もちろん強奪は犯罪行為ですが、それが許されざる行為なら、聖遺物=聖人が抵抗したに違いない。ゆえに強奪の成功は、聖人が従来の墓所管理や対応に不満だった証左である。よって強奪による移葬は聖人の意志にかなっていた。当時このような正当化のロジックが普及していた、とのことです(ウイキペディア)。恐るべき欺瞞です。かつて大英博物館は、世界中から強奪した歴史遺物を保管しましたが、それには野蛮な地域に放置したら貴重の歴史遺物が失われてしまうからで、すべての歴史遺物は大英博物館で保管されるべきだ、と主張しますが、どうもこのようなロジックはヨーロッパ人の遺伝子に組み込まれているようです。
図1 図2
図1 図2
図3
この映画で問題となった聖遺物は、「聖骸布(せいがいふ)」です。図1は16世紀に描かれた絵ですが、イエスを磔から降ろしたのち、絵の下にあるように遺骸を布で覆います。図2の写真は、イタリアのトリノの聖ヨハネ大聖堂で保管されている実物とされる「聖骸布」で、縦4.41m、横1.13mあり、布の中央から、対照的にイエスの顔と頭が映し出され、図3がイエスの顔です。つまり一枚の布にイエスの風貌が転写されており、身長は180センチほど、血液型はAB型ということが判明しています。もしこの布が本物だとするなら、それは驚くべき聖遺物ですが、この布の真贋については延々と議論が繰り返されており、私が立ち入る隙などありません。
この「聖骸布」を熱心に求めたのが、13世紀後半のフランス王ルイ9世だとされます。彼は名君として知られ、国内の安定と国際関係の調停に努めます。また彼は信仰心が篤く、十字軍に二度参加し、二度目の遠征中に彼は死亡します。ルイ9世は聖遺物の蒐集にも熱心で、ノートルダム大聖堂の「茨の冠」も彼が入手したものです。そして彼は「聖骸布」を入手したがっていたようですが、結局それを果たせず死亡しました。この「聖骸布」がどのような経緯でトリノにもたらされたのかは知りませんが、14世紀にフランスの貴族シャルニー卿が所蔵していることが判明し、それがサヴォイア家の手を経てトリノに至ったとのことです。
映画では、5人の若い騎士たちが、故ルイ9世のために「聖骸布」を手に入れようとします。彼らは身分が高いわけでも、強いわけでもなく、ただ何となく「選ばれしもの」として「聖骸布」を得るためのたびに出ます。「聖骸布」はギリシアの僧院にあるらしく、彼らはその僧院に忍び込んで強奪し、フランスに持ち帰ります。しかしフランスでは異端の悪徳貴族シャルニー卿に布を奪われ、5人の騎士たちも殺されてしまいます。そしてそれより80年後に、シャルニー家により「聖骸布」が公開されることになります。公開直後から、この「聖骸布」が偽物ではないかという議論がありましたが、真偽について私には答えようがありません。1353年に布の存在が公開されるまでの来歴については、一切不明です。したがって5人の騎士たちの物語は創作です。今日ヨーロッパに存在する多くの聖遺物についても、その来歴は似たようなものでしょう。
この映画は、軽い内容の映画か、それとも重い内容の映画化なのか、よく分かりませんでした。騎士たちはずいぶん簡単に聖遺物強奪の旅に出発し、ずいぶん簡単に強奪に成功し、ずいぶん簡単に殺されて映画は終わりました。ただ見方によっては、「聖骸布」などというものは、その程度のものでしかないのだ、ということかもしれません。それでも、この文章を書くために「聖骸布」なるものを調べ、大変興味をそそられ、映画も興味深く観ることができました。私は、この映画は名画だと思います。
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