2018年5月9日水曜日

映画「砂漠のライオン」を観て

1981年に制作されたリビア・アメリカ合作の映画で、ムッソリーニ時代のイタリアによるリビアの侵略に対して戦ったオマール・ムフタールを描いています。












リビアの歴史は古く、古代エジプト文明の形成にも関係しますが、7世紀以降イスラーム教化とアラブ化が進行し、16世紀にはオスマン帝国の支配下に入ります。19世紀にオスマン帝国が弱体化し、ヨーロッパ諸国が進出してくる中で、リビアにサヌーシ教団と呼ばれる神秘主義の教団が生まれ、1911年にイタリアが侵略したとき、激しく抵抗し、民衆の支持を得ます。1920年代にイタリアでムッソリーニが権力を握ると、ローマ帝国の再興を掲げてリビアへの侵略を本格化させます。サヌーシー教団の指導者ムハンマド・イドリースはエジプトに亡命しますが、オマル・ムフタールは内陸部で抵抗を続け、1931年に捕らえられ処刑されました。この映画は、このオマル・ムフタールの物語です。
 ムフタールは1862年に生まれ、大学を卒業後イマーム(指導者)としてコーランを教えていました。1911年イタリアとの戦争が始まると、彼も戦いに参加し、イドリースが亡命した後も戦い続けます。そして1929年に、ムッソリーニはイタリア軍で最も有能とされたグラツィアーニ将軍をリビアに派遣します。彼は、戦車と航空機、さらに毒ガスまで用いてムフタールを追い詰め、1931年に捕らえて絞首刑とします。映画は、ほぼ史実に忠実に描いていると思われます。
 第二次世界大戦後、エジプトに亡命していたイドリースが帰国し、1951年にリビア王国を建国します。リビア王国は豊かな産油国として発展しますが、それに伴う社会の激変と貧富の差の拡大などにより国民の不満が高まり、1969年にカダフィによるクーデターで倒されます。カダフィ政権は、国際社会の中で独自の存在感を示しますが、2011年に起きた反政府デモの混乱の中で射殺されます。カダフィをどのように評価すべきかは、まだ相当時間がかかるように思われますので、ここでは触れません。

 なお、この映画の制作にはカダフィが多額の資金を提供しており、彼の意向がこの映画にどの程度反映されているのか分かりませんが、少なくとも彼自身が倒したイドリースとサヌーシー教団については、あまり好意的には扱っていません。色々問題があるにしても、歴史アクションとして楽しく見ることができました。

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