1992年にアメリカで、黒人解放運動家マルコムXの自伝をもとに制作された映画です。マルコムXは、もう一人の高名な黒人解放運動家キング牧師と対比され、キング牧師が非暴力を唱える穏健派、マルコムXが暴力も辞さない過激派と捉えられがちです。しかし、この二人の生い立ちも考え方も、意外とよく似ています。
マルコムXは1925年に、キングは1929年に、どちらもバプテスト派牧師の子として生まれました。キングの父は、息子の名をマルティン・ルターにちなんで、マーティン・ルーサーと名付けました。どちらも学力が優秀で、キングは学者になることも可能でしたが、あえて牧師の道を選びました。一方、マルコムは弁護士をなることを望みましたが、黒人であるが故に弁護士への道が絶たれ、また父が白人によって殺され、明らかに殺人であったにも関わらず自殺と断定されて保険金も支払らわれず、スラム街の黒人少年にお定まりの悪の道へと突き進んでいきました。1946年二十歳の時窃盗で逮捕され、10年の懲役刑を宣告されました。彼の犯罪は普通2年程度の刑でしたが、白人女性と関係していたため、刑期を大幅に増やされたわけです。当時の裁判では、陪審員は白人ばかりでしたから、こうした不当な判決はごく普通のことでした。
獄中で彼は、信頼できる師にめぐり合ってイスラーム教に改宗します。そもそもキリスト教は自分たち黒人に何をしてくれたのか。キリスト教は白人が黒人を奴隷とすることを容認し、黒人が白人に従うことを求めているのではないか。そもそも教会などに描かれているイエスの姿は金髪でブルーの目をしていることが多いけれども、イエスはヘブライ人であり、いわゆる白人ではないのではないか。人種的には、白人より黒人の方が優れているのではないか。こうした疑問を解くために、彼は刑務所の図書館の本を猛烈に読みます。消灯時間以後も、廊下のわずかな光で読書したそうです。こうした勉学を通じて、師が率いるネイション・ノブ・イスラーム=NOIの正当性を確信します。
1952年に釈放されると、彼は本格的にブラック・ムスリム運動を開始します。また、彼の名はマルコム・リトルですが、黒人の姓はかつての奴隷主から与えられたものだったため、姓は「未知数」ということで「マルコム・X」と名乗るようになります。一方キング牧師は、1954年に起きたモンゴメリー・バス・ボイコット事件をきっかけに公民権運動を推進し、1963年にワシントン大行進、1964年ノーベル賞 公民権法制定など、キング牧師が主導する黒人解放運動が推進されます。こうした運動にマルコムXがどのように関わったのかについて、映画ではほとんど触れられていませんが、この時代の両者の考えは全く異なっていたようです。キング牧師はアメリカ的民主主義とキリスト教的善良さにより黒人と白人の平等を求めましたが、マルコムは白人とキリスト教を否定し、黒人とイスラーム教の優位性を説き、黒人国家の建設を期待しました。
しかし、彼の考えに変化が生まれます。1964年にメッカに巡礼したとき、すべての人間が平等であることを実感します。マルコムたちの黒人優位主義は人種主義的傾向をもっていました。もちろん、従来白人が黒人に対して行ってきたことを考えれば、こうした思想が生まれるのは当然ではありました。しかしマルコムは、この頃から「特定の人種を攻撃しない」ようになり、また教団の腐敗に嫌気がさし、結局教団を脱退することになります。これに対して教団はマルコムに対する暗殺指令を出し、1965年にマルコムは教団の刺客により暗殺されます。40歳でした。彼の死の直前まで、この映画の基となった自伝が書かれ続けました。
一般に、マルコムは過激派として捉えられがちですが、マルコムはキング牧師との接触を試みたとされ、一方マルコムの死後、キング牧師はマルコムより過激になっていったとされます。そして1968年にキング牧師は暗殺されます。39歳でした。
私はマルコムXについてほとんど知りませんでしたので、この映画を大変興味深く観ることができました。ただ、この映画はマルコムの自伝に基づいているため、彼についてどこまで客観的に描かれているかどうかは、私には分かりません。
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