1993年にアフリカ系アメリカ人で、双子の兄弟の監督によって制作された映画で、ロサンゼルスのスラム街における黒人青年たちの生活を描いています。アメリカにおける黒人=アフリカ系アメリカ人については、このブログで映画や書籍を通じて何度も述べてきましたので、ここでは深入りしません。ここでは、映画の舞台となったロサンゼルスを中心に述べたいと思います。なお、邦題の「ポケットいっぱいの涙」というのは、この映画の内容にそぐわないような気がします。この映画は「お涙ちょうだい」の映画ではありません。原題はManaceⅡsocietyですが、意味がよくわかりません。この映画の主題歌Straight up menaceは、「マジな、ならず者」というような意味らしく、若者がよく使うスラング(俗語)のようです。
ロサンゼルスは、サンフランシスコと並ぶアメリカ西海岸にある大都市で、日本ではハリウッドのある都市として知られています。この地域は降雨量が少ないため映画の撮影に好都合で、ニューヨークのユダヤ系映画会社の多くがここに引っ越したのだそうです。一方、ロサンゼルスは民族構成が複雑な都市として知られています。まず、19世紀半ばまでこの地域はスペイン・メキシコの領土でしたので、スペイン系・ラテン系の住民が多く、さらに太平洋を越えてアジア系の労働者が多数入り込みます。その中には日本人も多数含まれており、彼らが集中して住むようになった地域はリトル・トーキョーと呼ばれるようになりました。また、韓国人の移民も多く、この韓国系移民とアフリカ系アメリカ人との対立が、この物語の出発点となります。
韓国人の移民が急増するのは、韓国でパクチョンヒ(朴正熙)が権力を握っていた時代(1960~70年代)でした。パクチョンヒはアメリカから経済援助を得るため、ベトナム戦争に韓国軍を派遣し、それとともにアメリカは韓国人のアメリカ移民の枠を拡大します。その結果、朝鮮戦争再燃への不安や独裁政権への不満を持つ多くの人々が、アメリカに移住しました。彼ら韓国系移民が他のアジア系移民と異なるのは、彼らは低賃金労働者としての移民ではなく、ある程度の貯蓄をもった人々で、彼らはアメリカ各地にコリア・タウンを形成し、その資金で商店を開業したりしました。ロサンゼルスでは、彼らは黒人地域であるワッツ地域で商店を買って商売をしますが、店を閉めると厳重に戸締りしてコリア・タウンに帰っていきます。なぜか知りませんが、韓国系アメリカ人は黒人に対する差別意識が異常に強く、黒人の側からすれば、自分たちのところで稼いでいるくせに自分たちを差別する韓国系アメリカ人に強い不快感をもっており、これが事件の発端となります。映画の冒頭で、韓国系の商店主が客である黒人を横柄に扱い、腹を立てた黒人が商店主夫妻を殺害する場面が描かれますが、こうした事件はあまり珍しくないようです。
一方、警察官は人種差別丸出しで、1965年に公民権運動が高まっていたことから、ワッツ地区で暴動が発生しました。暴動自体は鎮圧されましたが、差別や貧困の問題は何一つ解決されず、麻薬・暴力・殺人・ストリート・ギャングの横行など、ワッツ地区は無法状態となってしまいます。そこに韓国系アメリカ人が大量に流入したため、問題がさらに複雑になります。そして1992年に、いわゆるロサンゼルス暴動が起きます。前年から、白人警官による黒人に対する暴行、韓国系アメリカ人による黒人少女の射殺、そして白人のみの陪審員によるこれら犯人の無罪評決といった一連の事件を経て、不満を募らせた黒人たちが暴徒と化しました。暴動の鎮圧のために州兵だけでなく連邦軍も投入されましたが、今回政府はFBIによる事件の再捜査を約束し、暴動は終息しました。
この映画は、ロサンゼルス暴動の翌年に制作されました。映画には暴動の話などは描かれておらず、ただワッツ地区における一人の青年の日常を描いているだけです。主人公ケインの父親は麻薬売買の争いで殺され、母親は麻薬の過剰摂取で死亡しました。彼は祖父に育てられ、なんとか高校を卒業することができました。この地区では、高校を卒業するだけでも大変なことで、卒業する前に逮捕されたり、殺されたりする者が多く、卒業できるのは半分くらいだそうです。高校を卒業したとはいえ、就職するわけでもなく、街をほっつき歩き、麻薬を売買し、喧嘩をし、時にはストリート・ギャングを行う、といった生活をしていました。そこには将来への展望は何もなく、このままでは逮捕されて刑務所に入るか、遠からず殺されるかです。
こうした中でケインも、周囲の人からの説得もあり、街を出る決心をします。そして街を出る直前にギャングの抗争に巻き込まれたケインは死に、映画は終わります。ここで描かれていることは、悲しい特別な物語ではなく、これがこの地区の日常であるということであり、彼ら黒人の無知を非難することもできるし、このような社会を抱えるアメリカ社会の矛盾を痛感することもできます。この映画は、そうした映画だと思います。
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