2017年3月25日土曜日

映画「オルド 黄金の国の魔術師」を観て

2012年にロシアで制作された映画で、キプチャク・ハン国の衰退を描いています。「オルド」とは、本来モンゴル人のハンなどの宿営地を指しており、ゲルやパオと同じ意味です。モンゴル帝国は、広大な領地を支配した後も、天幕の方が居心地がよかったようで、長く天幕で暮らしていましたが、さすがにこの時代には石造りの立派な宮殿を建てていました。この宮殿が金で飾られていたため、「黄金のオルド」と呼ばれました。なお、日本語版の「黄金の国の魔術師」というサブタイトルは、意味不明です。このサブタイトルやDVDのカバー写真から、ファンタジックな映画を予想していたのですが、実際には大変シビアな内容の映画でした。
















 キプチャク・ハン国について、私はほとんど何も知りません。チンギス・ハンの長子ジュチがこの土地を封じられたので、ジュチ・ウルス(ウルスは国家を意味します)と呼ばれ、キプチャク草原を支配したことからキプチャク・ハン国とも呼ばれ、日本では黄金のオルドが金帳汗国とも訳されました。なお、「カン」「ハン」「ハーン」は微妙に意味が異なるようですが、ここではその相違は一切無視します。
 キプチャク・ハン国は、13世紀半ばに建国され、ジュチの死後バトゥが後を継ぎます。その領土は、ヨーロッパ・イスラーム世界・ロシア・中国の接点にあり、その領土にはモスクワも含まれていました。モスクワ大公は、キプチャク・ハン国の徴税を請け負うことによって力をつけてきます。モンゴルの支配下でロシアの人々は重税に苦しめられたと言われますが、実は、税を徴収していたのはモスクワ大公でした。
 一方、キプチャク・ハン国の首都サライは東西交易の要衝として繁栄し、人口60万人を超える屈指の大都市でした。映画では、立派な建物が立ち並び、多くの人々が行き交うサライと、ほとんど大きな村という程度のモスクワが、しばしば映し出されます。14世紀の前半にキプチャク・ハン国は全盛期を迎えますが、14世紀後半に急速に衰退していきます。そして映画は、ここから始まります。なお、当時すでにキプチャク・ハン国はイスラーム教を受け入れていましたが、宗教的には寛大で、サライには様々な宗教を信じる人々がいました。
 1341年にティーニー・ベクがハンとなりますが、彼は翌年弟のジャニー・ベクによって暗殺され、弟がハンとなります。映画では、理由がよく分かりませんし、これが史実なのかどうかも、私は知りません。映画では、支配層はまだ遊牧民の気風を残してはいましたが、享楽的な生活や奴隷の悲惨な生活が描かれます。そんな中で、母のタイ・ドゥラが突然失明し、モスクワの大主教アレクシスに治療を依頼し、治療できなければモスクワを滅ぼすという達しが届きました。アレクシスにはどうすることもできません、ただ祈るのみです。結局、色々あって母の視力は回復したのですが、それはアレクシスの祈りによってというより、時期がきて回復すべくして回復した、とう感じです。いずれにしても、モスクワの弱い立場を象徴する事件でした。
 1357年、ジャニー・ベクの息子ベルディ・ベクが父を暗殺し、彼がハンとなりますが、彼も1年後に殺され、その後20年の間に21人のハンが交替するという混乱状態になります。ちなみに、1368年に中国で元が滅び、明が成立します。そしてこの頃、中央アジアで、チンギス・ハンの子孫を自称するティムールが台頭し、ティムール軍によってキプチャク・ハン国は蹂躙されることになります。
 映画は、主題がどこにあるのか分かりづらかったのですが、それでもサライの宮廷や街並みが再現されており、大変興味深く観ることができました。結局、この映画は滅亡に向かう直前のサライを描いており、まさに主題は「オルド」でした。ロシアで制作された映画であり、後にこの地域はロシアの支配下に入りますが、決してロシアがキプチャク・ハン国を滅ぼしたというのではなく、キプチャク・ハン国が自滅していく姿が描かれています。

0 件のコメント:

コメントを投稿