井波律子著 1993年 講談社現代新書
酒池肉林とは、殷の最後の君主紂王の放蕩三昧の生活を表現したもので、紂王に代表される中国の贅沢三昧の例を多数紹介するとともに、その特色と意味を述べています。なお 紂王については、このブログの「映画で中国史を観る 封神演義」http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2014/01/blog-post_4967.html
を参照して下さい。
贅沢はなぜ行われるのか。権力者の場合、「権力が強化されればされるほど、彼らの心には逆に、いかにしても埋めることの真空状態が徐々に広がっていく。独裁者の内なるブラック・ホールともいうべきこうした心の空洞をなんとか埋めようと、皇帝たちは、けばけばしい奢侈の物量作戦をエスカレートさせていくのだ。」ということだそうです。権力者が物量の多さや絢爛豪華さに贅沢を求めたとするなら、六朝時代以降の貴族たちは、質的な贅沢、精神的な贅沢を求めます。
その他に、商人たちの贅沢、権力から逃れることの贅沢など、さまざまな贅沢について述べられており、大変興味深い内容でした。確かにこうした贅沢は無駄としか言いようがありませんし、そうした贅沢を可能にするには、多くの人々からの搾取が不可欠だったことも間違いないでしょう。ただ同時に、こうした無駄な贅沢が文化の発展に大きく貢献してきたことも事実だろうと思います。
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