2018年にイランで制作された映画で、イランが深く関わったシリア内戦について扱っています。イランで制作された映画については、このブログで大変叙情的な「映画でイスラーム世界を観る:ハーフェズ/ ペルシャの詩」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2014/06/blog-post_8.html)や「わが故郷の歌」「亀も空を飛ぶ」(https://sekaisi-syoyou.blogspot.com/2014/01/blog-post_494.html)を紹介しましたが、今回の映画は戦争アクション映画です。
映画の舞台の一つダマスカスは、ユーフラテス川からシリア砂漠を超えて地中海に至る交易路の重要な中継地であり、紀元前3千年頃から都市建設が始まり、その後様々な勢力の支配下に入りますが、その間にもダマスカスは生き残り、現存する最古の都市とされています。もう一つの舞台であるパルミラは、シリア砂漠にある交易の中継地で、前1世紀から3世紀にかけて繁栄し、シリア内戦以前には、世界遺産として多くの観光客が訪れています。映画は、イラン軍のパイロットが、シリア内戦の真っただ中で、パルミラのシリア人をダマスカスに飛行機で輸送する過程を描いています。
シリア内戦について、2011年に始まり、今日終わったと言えるのかどうかも分かりません。そもそもこの戦争を「シリア内戦」と呼んでいいかどうかも分かりませんが、ここでは便宜上そう呼ぶことにします。シリアの歴史を「肥沃な三日月地帯」と呼ばれる時代まで遡るのは止めておきます。20世紀初頭には、この一帯はオスマン帝国領だったのですが、第一次世界大戦後にイギリスとフランスにより分割され、人為的に国家が形成されたため、民族的・宗教・宗派的・政治的に複雑な国家が形成されことになりました。詳細を省きますが、その後さまざまな政治的な混乱の後に、1970年代からアサド親子による独裁政治が続き、民衆の不満が高まっていました。またアサド親子はシーア派に近いアラウィー派であったことから、多数派のスンニ派の反発も強まります。
きっかけは2010年からアラブ世界各地で起きた「アラブの春」と呼ばれる反政府デモで、このデモは2011年にシリアにでも波及し、これをきっかけに反体制武装組織と政府軍との間に内戦が勃発しました。ところが、反体制武装勢力が分裂すると、スンニ派イスラーム教の過激派が2014年にイスラーム国ISの建設を宣言し、シリアからイラクを席巻して一大勢力に発展します。これに少数民族問題も加わり、さらに外国が介入して、シリア情勢は収拾不能に陥ります。こうした中で、イランが介入してくるわけです。
イランはイスラーム世界では少数派のシーア派を採用しているため、他のイスラーム世界からは孤立していますが、他のイスラーム世界に散在するシーア派勢力を支援して、イスラーム世界全体に大きな影響を与えています。イランは1980年代にレバノンでヒズボラの設立を支援し、イラク戦争ではシーア民兵をイラクに送り込み、シリア内戦ではアサド政権を援助しました。その結果イランはペルシア湾から地中海東岸に達する「シーア派の三日月地帯(シーア派の弧)」を形成しています。シリアのアサド政権がISとの戦いで優勢になれたのは、主としてロシアとイランによる支援が大きいとされ、イスラーム世界でのイランの存在感はますます大きくなっています。
この映画の主人公は、アリというイラン軍のパイロットで、シリアでISに包囲されて孤立した地域に物資を運ぶ仕事をしていました。彼の父もパイロットで、今では司令官でしたが、彼はイラン・イラク戦争、ボスニア紛争、イラク戦争、レバノン内戦、シリア内戦に参戦し、イラン革命後のイランのほとんどの戦争に参戦し、家で暮らすことがほとんどありませんでした。アリはそんな父に憧れ、父とともにシリアでの最後の任務に就きます。それはパルミラに残っている住民を、輸送機でダマスカスに移送することです。ところが住民の中にISのメンバーが紛れており、彼らは輸送機をハイジャックし、ダマスカスに墜落させようとしました。その後いろいろあって、結局アリは、父や住民の命を助けた後、飛行機を爆破して死んでいきます。
この映画は、前に紹介したイラン映画とはまったく趣が異なり、まるでアメリカのアクション映画を観ているようでした。イランもこういう映画を制作するのだと感心するとともに、イラン人とアメリカ人は案外気が合うのかもしれないと、変なことに感心していました。ただ、これがアメリカ映画なら、最後に主人公も助かってハッピー・エンドとなったかもしれませんが、イラン映画では主人公が殉教して終わりました。
この映画の内容は、戦争アクション映画によくある内容ではありますが、実際にISと戦ったイラン兵士たちの物語であり、おそらく、シリア内戦について扱った最も新しい映画だと思いますので、大変興味深く観ることができました。
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