2016年のイギリス・アメリカによる合作映画で、オランダを舞台にナチス親衛隊の将校とユダヤ人女性との恋が描かれており、本来そのこと自体がありえないことですので、映画の原題は「例外」です。
時は1940年5月です。この時ドイツ軍がベルギー・ドイツ、さらにフランスに侵攻し、イギリス軍は間一髪ダンケルクから脱出します。これについては「映画「ダンケルク」を観て」を参照して下さい。場所はオランダのユトレヒトにあるドールン館、ここにはドイツ革命で失脚したドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム2世が住んでいました。ヴィルヘルム2世は退位してすでに20年以上たつものの、ドイツにはなお帝政復活派がおり、ドイツにとって気になる存在でした。一方、イギリスにとっても、なおドイツで一定の人気があるヴィルヘルム2世がナチスによって利用されることは好ましくありませんので、ヴィルヘルム2世にイギリスへの亡命を打診していました。まさにドールン館は、年老いた元皇帝を巡ってスパイが暗躍する場所だったのです。
そこへ、ナチス親衛隊のブラント大尉が、ヴィルヘルム2世を監視するために派遣されてきます。親衛隊とはナチスを支える精鋭部隊で、国内のユダヤ人絶滅にも大きな役割を果たしました。ただ彼は、ポーランドで民間人の虐殺に立ち会っており、親衛隊の行為に疑念を抱いていました。一方、ドールン館ではミーケというユダヤ系オランダ人がメイドとして働いており、彼女は父と夫をドイツ軍に殺され、その復讐心からスパイ活動を行っていたようです。やがてブラントとミーケは愛し合うようになりますが、ミーケにとって憎い敵である親衛隊と関係をもつことは、当初はスパイ活動のためだったでしょう。ところが、ブラントはミーケがユダヤ人でありスパイであることを知った後も、彼女との関係を続けただけでなく、彼女を援助さえします。もはや彼は、親衛隊に対する忠誠心を失っていたのだと思います。結局ブラントはミーケのイギリス亡命を助け、彼自身は生きる意味を見失っていきますが、イギリスに亡命したミーケは彼の子を宿していました。
以上がこの映画の概略ですが、私がこの映画で一番関心をもったのはヴィルヘルム2世でした。第一次世界大戦を通じて、ヨーロッパを代表する王家のいくつかが没落しました。ロシアではロシア革命でロマノフ家は滅亡し、皇帝一家は全員処刑されました。オーストラリアのハプスブルク家は、オーストラリア革命後亡命しますが、最後の皇帝カール1世は貧困のうちに病死します。そしてドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム2世は、1888年に29歳でドイツ帝国皇帝に即位しました。彼は一貫して帝国主義政策を推進し、第一次世界大戦末期の1918年に起きたドイツ革命で退位しました。その後オランダが政治活動をしないという条件でヴィルヘルム2世の受け入れを承諾したため、以後彼はオランダで悠々自適の生活を送ることになります。
この間、ヴィルヘルム2世はドイツの帝政復活論者と策動したり、ヒトラーによる帝政復活を期待したり、さらに1940年にドイツ軍がパリを占領すると、ヒトラーに祝電を送ったりしています。映画でのヴィルヘルム2世は好々爺として描かれ、マキ割を日課とし、客には皇帝時代から集めた軍服を見せることを楽しみにしていました。妻は帝政の復活に執着しましたが、結局ヴィルヘルム2世はベルリン行きというヒトラーの誘いを断り、イギリスへの亡命の誘いも断り、1941年に病死します。彼は決して賢明な人物とはいえませんでしたが、ロシアやオーストリアの皇帝とは異なり、静かな晩年を過ごすことができました。
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