1954年のフランス・イタリア合作映画で、スタンダールの同名の長編小説が映画化されました。映画は184分という長編ですが、私が観たのは短縮版で、150分です。なお、スタンダールについては、このブログの「映画「パルムの僧院」を観て」(http://sekaisi-syoyou.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html)を参照して下さい。
小説の時代は、ナポレオン後の王政復古の時代で、貴族制が復活し、人々は貪欲に金を求める腐敗した社会が存在しました。このような体制に対する不満はますます増大し、結局復古王政は1830年の七月革命で崩壊することになります。主人公のジュリアン・ソレルは貧しい大工の息子でしたが、女性のように美しい顔立ちで、当時二十歳前後の青年でした。彼は非常に頭がよく、野心が強く、ラテン語を勉強して聖職者になることを望んでいました。彼は神を信じていませんでしたが、当時、聖職者になることは貧しい家に生まれても出世できる唯一の道だったのです。彼はまた、「パルムの僧院」のファブリスと同様にナポレオンを崇拝し、当時の不平等な体制を激しく憎んでもいました。
ジュリアンはある金持の家に家庭教師として住み込みますが、その家のレナアル夫人と恋をし、やがてそれが噂となったため、家を出ます。次はパリのモオル侯爵の秘書となりますが、侯爵家の令嬢マティルドと恋をし、マティルドは妊娠します。当然公爵は二人の結婚に反対しますが、もはや二人を引き離すことは困難です。そこで公爵はジュリアンの身元を調べるため、彼が以前務めていたレナアル家に問い合わせますが、レナアル夫人からジュリアンを激しく誹謗する手紙が届きます。それは知ったジュリアンは、夫人に銃を発射し負傷させてしまいます。そしてジュリアンは捕らえられ、処刑されます。
一体なぜレナアル夫人がジュリアンを誹謗する手紙を書いたのかよくわかりませんが、もしかしたら彼女はジュリアンをまだ愛しており、マティルドと結婚するジュリアンに嫉妬したのかもしれません。ではジュリアンはなぜ夫人を撃ったのか、すこし逆説的ですが、彼は心のそこでレナアル夫人を愛しており、夫人の裏切りを許せなかったのかも知れません。彼には、裕福で地位のある女性を征服したいという願望があったかも知れませんが、一旦愛すると心底愛するようになります。彼は、女性を踏み台にして出世しようとしていたかのように思われがちですが、彼はその都度純真に女性を愛しており、それが彼の命取りになりました。そして、真に愛していたのはレナアル夫人であったことに気づきます。
マティルドとレナアル夫人は、ジュリアンの恩赦を求めて奔走しますが、ジュリアンは恩赦を拒否します。彼には、レナアル夫人との愛が確認できたことで、十分だったのです。そして裁判では、ジュリアンは、自分を裁く陪審員たちを激しく非難します。特権階級であるあなたたちに、自分を裁く権利はない、あなたたちは滅びていくのだ、と。当時七月革命が始まっており、世の中は騒然としていました。結局かれは処刑されますが、その三日後にレナアル夫人も静かに息を引き取ります。
野心溢れる青年が、結局不平等な社会の中で挫折し死んでいくという物語で、胸を引き裂かれそうなストーリーであり、さすがに世界の「名著」と呼ばれるだけのことはあります。タイトルの「赤と黒」というのは、著者がとくに説明していないので分かりません。「ルーレットの回転盤の色を表し、一か八かの出世に賭けようとするジュリアンの人生をギャンブルにたとえているという説」(ウイキペディア)もあります。
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