木崎喜代治著 1986年 岩波書店 副題「フランス18世紀の一貴族の肖像」
本書は、フランス革命前に政府の高官として働き、フランス革命中に国王ルイ16世の弁護人の役を引き受け、処刑されて死んでいったマルゼルブという貴族の思想や行動を分析しています。マルゼルブは、1 8世紀の後半からフランス革命勃発の直前まで、出版統制局長や租税法院院長といった、実務能力を求められる要職を歴任します。
マルゼルブは大変教養のある人物で、当時普及していた啓蒙思想にも深い理解を示していました。しかし彼は出版統制局長という立場上啓蒙思想関連の出版を取り締まる側にあった分けですが、ところがこの時期に、ティドローが編纂した「百科全書」が出版されます。出版統制局は「百科全書」の原稿を押収するため、印刷所の家宅捜索を行いますが、どうやら原稿はマルゼルブの私邸に保管されていたようです。またマルゼルブは、租税法院院長として、租税制度の合理化や民衆の負担軽減を、繰り返し国王に訴えますが、ほとんど聞き入れられませんでした。その後財務総監テュルゴーの下で大臣を務め、改革に努力しますが、結局1788年に故郷での隠遁生活に入ります。1789年に革命が勃発し、革命が過激化して国王の裁判が始まることになると、マルゼルブは自ら国王の弁護人の役を買って出ます。そして、国王の処刑の翌年、彼もまた処刑されます。
国王の弁護人となることは、自らの命を危険にさらすことであり、かつてあれ程批判した国王の弁護人を、何故マグセルブは引き受けたのでしょうか。著者は次のように述べます。「マルゼルブが身を捧げたのは、彼の72年の全存在の大義のためであったようにわれわれには思われる。マルゼルブは王国の貴族の司法官・行政官として長い年月を生きてきた。貴族の存在は国王の存在によって意義づけられる。したがって、貴族は国王を支える義務をもつ。もし、貴族が、窮地におちいった国王を救いにおもむかなかったら、この貴族は、その存在理由を自ら放棄したことになる。しかも現在の危機は、単なる国王の生命の危機ではなく、王国そのものの崩壊の危機である。一人の国王の死は別の国王によっておきかえることができる。しかし王国の死はそうではない。さらに、時代の精神は君主制に替えて共和政を求めていることを、マルゼルブは誰にもまして知っていた。国王その人ばかりでなく、王国そのものが永久に失われようとしているとき、貴族だけが生き延びて、何になるというのだろうか。そもそも貴族が生き延びるということが可能なのだろうか。永久に国王が去り、王国が消える時、貴族もまた消滅すべきではないか。たしかに、貴族として死に、人間として生き延びることはできよう。しかし、72年間、古い家柄の貴族として国王に仕えてきた者にとって、そのような区別は詭弁でしかなかっただろう。」
マグゼルブは、その有能さにも関わらず、断頭台で処刑されたが故に、反革命分子と見做されて、正当に評価することが躊躇されてきました。しかし今日では、フランス革命は国王・貴族の横暴に対する民衆の暴動という単純な捉え方は困難になりつつあり、マルゼルブのような貴族にも、焦点が当てられるようになっています。
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